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夢十夜(夏目漱石) 第六夜/

夢十夜(夏目漱石) 第六夜

 含蓄が深い話である。
 誰にもチャンスはある。しかし、才能ある人はチャンスを見つけることができる。運不運もある。
 など、いろいろな意味を見いだすことができる。


青空文庫
つれづれの文車
夢十夜 他二篇 (岩波文庫)
夢十夜 草枕 (集英社文庫)

 運慶が護国寺の山門で仁王を刻んでいると云う評判だから、散歩ながら行って見ると、自分より先にもう大勢集まって、しきりに下馬評をやっていた。
・・・
 運慶は見物人の評判には委細頓着なく鑿と槌を動かしている。一向振り向きもしない。高い所に乗って、仁王の顔の辺をしきりに彫り抜いて行く。
・・・
 然し運慶の方では不思議とも奇体とも頓と感じ得ない様子で一生懸命に彫ている。
・・・
 運慶は今太い眉を一寸の高さに横へ彫り抜いて、鑿の歯を竪に返すや否や斜すに、上から槌を打ち下した。堅い木を一と刻みに削って、厚い木屑が槌の声に応じて飛んだと思ったら、小鼻のおっ開いた怒り鼻の側面が忽ち浮き上がって来た。その刀の入れ方がいかにも無遠慮であった。そうして少しも疑念を挾んでおらん様に見えた。

「能くああ無造作に鑿を使って、思う様な眉や鼻ができるものだな」と自分はあんまり感心したから独言の様に言った。するとさっきの若い男が、「なに、あれは眉や鼻を鑿で作るんじゃない。あの通りの眉や鼻が木の中に埋っているのを、鑿と槌の力で掘り出すまでだ。まるで土の中から石を掘り出す様なものだから決して間違う筈はない」と云った。
 自分はこの時始めて彫刻とはそんなものかと思い出した。果してそうなら誰にでもできる事だと思い出した。それで急に自分も仁王が彫ってみたくなったから見物をやめて早速家へ帰った。
 道具箱から鑿と金槌を持ち出して、裏へ出て見ると、先達ての暴風で倒れた樫を、薪にする積りで、木挽に挽かせた手頃な奴が、沢山積んであった。
 自分は一番大きいのを選んで、勢いよく彫り始めてみたが、不幸にして、仁王は見当らなかった。その次のにも運悪く掘り当てる事が出来なかった。三番目のにも仁王は居なかった。自分は積んである薪を片っ端から彫って見たが、どれもこれも仁王を蔵しているのはなかった。遂に明治の木には到底仁王は埋っていないものだと悟った。それで運慶が今日まで生きている理由も略解った。

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