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3 住基ネットの目的の正当性・高度の必要性との関係 (1)以上の諸点からすれば,本人確認情報の一部は秘匿を必要とする程度が相当高いし,住基ネットのセキュリティは,不正アクセスや情報漏洩の危険は否定できないものであるし,住基ネットの運用によって個人の人格的自律を脅かす具体的な危険があるから,住基ネットの運用によるプライバシーの権利の侵害は,相当に深刻であるというべきである。 したがって,住基ネットによる個人情報の流通・利用につき,前述のB群の住民(プライバシー権(自己情報コントロール権)を放棄しない住民)との間では,住基ネットの運用によって達成しようとしている行政目的が正当であること,住基ネットを運用することについて,住民のプライバシー権(自己情報コントロール権)を犠牲にしてもなお達成すべき高度の必要性があることを必要とするというべきである(金沢地裁判決75〜76頁)。 (2)住基ネットの目的の正当性に関しては,第1に,財団法人地方自治情報センター(「地自センター」)から行政機関に対して本人確認情報が提供されることによる住民負担の軽減と行政事務の効率化については,住民側は,申請,届出,住民票の写しの添付等の負担が解消され,行政側としても,事務効率の向上や事務の正確性の向上が実現していることは容易に推測できるが,住民一人一人の立場から見た場合,これらの負担解消の程度がささやかであることは否定できないものである(金沢地裁判決76頁)。 第2に,住民基本台帳事務の簡素化,広域化による住民負担の軽減と行政事務の効率化については,住民一人一人の立場から見た場合,住所地市町村以外の市町村で住民票の交付を受けることができるというメリットを享受する機会がどの程度あるか疑問であるし,転入届出の際に転出証明書の添付を要しないとしても,付記転出届をすることが必要であること(住基法24条の2第1項),従前から転出届の郵送送付,転出証明書の郵送交付を利用して転出市町村に出頭しない方法があったこと,住民が転居する場合には,国民健康保険,介護保険等の様々な手続のために転出地の市町村役場に出向く必要がある場合が多いこと等に鑑みると,そのメリットはさしたるものではない(金沢地裁判決76〜77頁)。 第3に,電子政府,電子自治体の基盤(行政手続のインターネット申請の実現)については,行政手続における申請,届出のオンライン化の基盤の一つとしての公的個人認証サービスにおいて住基ネットが重要な役割を担うものとされているところ,都道府県センターが失効情報を把握するためには,住基ネットを介さなくとも,市町村から直接提供を受ければ足りるし,電子署名の格納媒体は住基カードである必要はないから,公的個人認証サービスに住基ネットが不可欠であるとは言い難いのである。しかも,外国人や,オンライン申請,届出の必要性が高いと思われる企業には住基ネットシステムを使えないから,これらについては別なシステムを使う必要があること,オンライン申請・届出に民間事業者が発行する電子証明書を使うことが可能であること等からすると,オンライン申請,届出のために,公的個人認証サービスが必要不可欠であるとも言い難いのである(金沢地裁判決77〜79頁)。 第4に,住基カードによる住民の便益については,利用の方法によっては様々な用途に使え,住民にとっても便利であるが,必要があれば,各自治体でカードを作ればよいのであり,全国共通規格のICカードでなければならないとする必然的理由はない(金沢地裁判決76頁)。 これらの点からすると,住基ネットの目的は,詰まるところ「住民の便益」(第1点ないし第4点)と「行政事務の効率化」(第1点ないし第3点)であるが,まず,「住民の便益」とプライバシー権については,いずれも個人的利益であり,そのどちらの利益を優先させて選択するかは,各個人が自らの意思で決定するべきものであり,行政において,プライバシーの権利よりも便益の方が価値が高いとして,これを住民に押しつけることはできないというべきである(金沢地裁判決80頁)。 次に,「行政事務の効率化」については,行政にとって重要な政策課題であって,行政目的として一定の正当性は認められようが,住民のプライバシー権(自己情報コントロール権)を犠牲にしてもなお達成すべき高度の必要性が認められるかどうかが問題となる。 (3)「行政事務の効率化」とは,突き詰めれば経費削減であるということができるところ,総務省自治行政局市町村課の試算によれば,住基ネットの導入にあたり,@平成11年度から平成15年度に必要とされる経費の累計額は,総額390億9300万円(うち都道府県負担分が28億5100万円,市町村負担分が306億6600万円),Aその後の住基ネットの運用経費は,年間総額が190億3600万円(うち都道府県負担分が68億6800万円,市町村負担分が87億8100万円)とされている(金沢地裁判決80〜81頁)。 他方,住基ネット導入により1年間に行政側が受ける利益についての国の試算は,@住民の転入手続きについて,転入者の半数が住基カードの所持者として特例による転入手続をなすとして,その簡素化によって人件費が約18.7億円,Aネットワークによる市町村間の連絡等による省力化により人件費等の経費が約31億円,B住民票の写しの交付の省略等による窓口業務の簡素化として,1000万件の省略により,人件費が約60億円,これに伴い,国の事務においても,人件費が約30億円,C公的個人認証サービスのための新たなカードシステム開発を行わずにすむことにより,カードシステムのリース料として約25.1億円,開発費及び更新費用として約67.9億円が節約できるというものである(金沢地裁判決81頁)。 また,住基ネット導入により1年間に住民が受ける利益については,@転入手続きの簡素化により,住民が節約できる時間を1時間あたり1000円で計算し,更に節約できる交通費と加算すると,約32.1億円,A住民票写しの広域交付により,その利用者数を,域外通勤通学者3070万人の半分として,節約できる時間を同様に金銭評価し,これと交通費を合算すると,約98.5億円,(c)住民票の交付の省略等により節約できる時間を同様に金銭評価し,これと交通費を合算すると,約136.7億円と試算されている(金沢地裁判決81頁)。 しかしながら,以上の試算は,住民の半数が住基カードを所持することを前提としたものであり,住基カードの現実の普及率に鑑みると,参考に値しないと言うべきである。また,長野県の試算によれば,行政側及び住民側を総合した費用対効果は,長期的に見れば利益を生ずる可能性があるが,行政側だけでみると,恒常的に損失が予想されており,経費削減には役立たないという結果になっている(金沢地裁判決82頁)。 |
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