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杉並区・住基ネット訴訟 控訴理由書から(9/9) 住基法の合憲的限定解釈


     したがって,住基ネットは,長期的に見て,住基カードが幅広く普及し,提供事務が大幅に拡大した場合に経費削減効果が期待できる可能性はありうるが,その効果の程度は未知のものであり,経費削減のためには,適切な人員配置,必要性の乏しい公共事業の縮小,その他行政全般にわたって様々な改革の努力が必要であるところ,住基ネットにその効果があるとしても,それはその一部を担うものにすぎないし,住基ネットがなければ達成できないというものではない。また,電子政府,電子自治体の実現のために住基ネットが必要不可欠なものとまでは言えない。

  (4)それゆえ,住基ネットによる「行政事務の効率化」という行政目的に一定の正当性が認められるとしても,前述(本章第3・1(4))のB群の住民のプライバシー権(自己情報コントロール権)を犠牲にしてまで達成すべき高度の必要性があるとは言えない。
     そして,前述のようにA群の住民とB群の住民が存在するのであるから,B群の住民につき本人確認情報を住基ネットを通じて利用できない場合でも,A群の住民については本人確認情報を住基ネットを通じて利用できるのであるから,B群の住民が住基ネットに組み込まれない場合でも,住基ネットそのものが全体として無意味になるわけではなく,住基ネットの行政目的はA群の住民との関係で達成できるのである。
     したがって,B群の住民のプライバシー権(自己情報コントロール権)と比較衡量するのは,A群の住民だけでなくB群の住民についても,強制的に参加させる住基ネットでなければならない必要性(行政コスト削減効果を量的に,より大きくすること,B群の住民の把握のために要するコストを回避すること)が,B群の住民のプライバシー権(自己情報コントロール権)を犠牲にしてもなお達成すべきものとは評価することができない。

  4 住基法の合憲的限定解釈

  (1)以上の諸点からすると,住基ネットによる本人確認情報の流通・利用については,前述(本章第3・1(4))のB群の住民との関係では,それら住民のプライバシー権(自己情報コントロール権)を侵害するものであり,それら住民の本人確認情報を住基ネットにより流通・利用することは違憲とならざるを得ない。
 この点につき,金沢地裁判決は,「以上の検討の結果によれば,住基ネットは住民に相当深刻なプライバシーの権利の侵害をもたらすものであり,他方,住民基本台帳に記録されている者全員を強制的に参加させる住基ネットを運用することについて原告らのプライバシーの権利を犠牲にしてもなお達成すべき高度の必要性があると認めることはできないから,自己のプライバシーの権利を放棄せず,住基ネットからの離脱を求めている原告らに対して適用する限りにおいて,改正法の住基ネットに関する各条文は憲法13条に違反すると結論づけるのが相当である。」(83頁)と判示しているが,憲法13条を正当に踏まえた判断である。

  (2)したがって,住基法30条の5第1項を憲法13条に適合するように合憲的限定解釈をすれば,行政との関係での利便性よりも,住基ネットからの本人確認情報の流出等の危険を重視しようと考える住民の個人情報については,市町村長(特別区の区長を含む。以下同じ。)は都道府県知事への通知義務を負わないと解すべきである。

  (3)仮に,前述(本章第3・1(4))のB群の住民との関係で,住基法30条の5第1項が憲法13条に違反することが明白とは言い難い場合においても,少なくとも違憲の疑いは認められるものである。このように違憲の疑いが認められる場合において,市町村長としては,住民基本台帳法30条の5第1項所定の本人確認情報の都道府県知事への通知につき,それを希望しないことを表明した住民の本人確認情報の通知を控えることが,公務員の憲法尊重擁護義務(憲法99条)からして認められるべきである。


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