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杉並区・住基ネット訴訟 上告理由書から(12/13) 地方自治権


 第2 地方自治権

1 上命下服の関係にある行政機関内部においては,下位の機関・職員が上位の機関・職員の判断に反して法律の違憲判断をできるとすれば行政の混乱を招くので妥当でないことは明らかである。
  しかし,地方自治体は,国の下部執行機関ではなく,独立の行政主体であり,国と地方自治体は対等の立場に立っているものである。したがって,上命下服の関係にある行政機関内部の場合と同列に考えるのは誤りである。

2 後(第5点,第3,1(3))でも述べるが,憲法92条・94条に基づく地方自治の本旨は,鴨野幸雄教授が「地方自治論の動向と問題点」(公法研究56号1頁)(資料5−3)において,次のように述べているように,地方自治体を通じて住民の基本的人権を保障することにある。
「憲法の人権保障原理は,権力の目的・存在理由を規定する法原理であり,国民主権原理は手段としての権力のあり方,構成の仕方をその根底において規定する法原理である。
 まず,人権保障原理と「地方自治の本旨」についていえば,住民が自己に最も身近な地域社会を基礎に自治体を形成し,共同事務を最大限自力で処理することを通して,自らの自由と権利を守り伸張するのは,人間としての基本的人権に属しており,憲法の保障する幸福追求に対する国民の権利(13条)の重要な一部である。基本的人権の神髄は,一人ひとりの人間が,かけがえのない自分の人生を自作自演しながら自己決定し,自己実現していくことである。それらは生命の享受,生存権,環境権へと拡がっていく生活環境の自己決定権ということができる。私たちは,これらの権利の保障を個人からはじめて,家族,自治体,国家へと同心円的補完関係の中に求めていくのである。この限りで各次元の法主体は,それぞれ独自固有の任務とそれを遂行する権利と義務を,本来的,すなわち,その存立に本質必然的な要素として持つものである。ここにおいて自治体も,住民の自己決定権(これが住民自治であるが)を内包した固有の団体基本権を持つのである。
 これを自治体と国家との関係から考察すると,われわれの生存に最も近く第一義的に生活の全領域をカバーする自治体の方が,国家が自己の事務を処理する権利・義務より,より多くの固有の事務を処理する権利と義務を有することは明らかである。この意味で,自治体は国家権力機構と並んで人権保障の不可欠の統治機構であり,そのための存在理由である。」(5〜6頁)
 前述(第2点,第2)のように,杉並区の個人情報保護条例1条・3条が区民の基本的人権の擁護・尊重について規定しているのは,上記のような地方自治による人権保障に資するものとして,憲法による地方自治の保障の趣旨に合致するものといえる。

3 このような地方自治権の人権保障機能を踏まえれば,地方自治体は少なくとも「自治事務」に関しては,住民の基本的人権に関わる法律の合憲性についての自主判断権が認められるべきである。
  なお,原田尚彦教授は『新版 地方自治の法としくみ』の「法令の執行者としての地方公共団体 −法令の遵守責任と自主解釈権」(153頁以下)(資料4−1)において,次のように述べ,地方自治体が法令の自主解釈権を有するとしているが,住民の基本的人権に関わる法律の合憲性についての自主判断権も認められていると解すべきである。
「法の執行とは法を具体の事象にあてはめて結論を導く作用であるが,法とは一般に信じられているほど客観的に固定した意味内容をもつものではない。法の解釈は,価値中立的な条文の国語的解釈ではなく,法目的の適切な実現に向けて移り行く具体のケースに即応した意味内容を盛り込む実践的価値判断であり,すぐれて創造的な作用というべきものだからである。
 そう考えると,法解釈権は,第一次的には法の執行権に付随する権限とみなければならない。立法権とは別個の権限であるというわけである。したがって,法の執行権をもつ地方自治体は,中央の法解釈に盲従すべきではなく,独自の解釈を確立して事に当たるべきなのである。(中略)法の執行者としての地方公共団体には,地方自治の本旨にもとづいて法令を自主的に解釈しその運用をはかる権限と同時にその責任があるといわねばならない(自治法2条12項参照)。」(161〜162頁)
「まず,地方公共団体の自治事務の分野では,中央省庁は地方公共団体を指揮監督する権限をもっていない。(中略)つねに地方自治の本旨に即した妥当な解釈を求め,よりよい地域社会の形成に尽力する権限と責任をもつことを自覚しなければならない(自治法2条12項)。」(162〜163頁)
 憲法94条は「地方公共団体は,その財産を管理し,事務を処理し,及び行政を執行する権能を有し,法律の範囲内で条例を制定することができる。」と規定しているが,「事務を処理し,及び行政を執行する権能」には,少なくとも「自治事務」に関し,住民の基本的人権に関わる法律の合憲性についての自主判断権が含まれると解すべきである。

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