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意思能力(否定例) H16. 7.21 福岡高裁判決

意思能力に関する判例

平成16年 7月21日 福岡高裁 判決 平16(ネ)172号
保証債務履行請求控訴事件 (請求棄却、取消 上訴等 確定)
要旨
精神障害者がした一五〇万円の借入れにおける連帯保証契約について、意思決定を行う精神能力を有しなかったとして無効とされた事例
裁判経過
 第一審 平成16年 1月28日 福岡地裁 判決 平14(ワ)3736号
(出典 判タ 1166号185頁、判時 1878号100頁、金商 1204号26頁)
から

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 (知能など)
   カ 控訴人は、昭和63年9月2日、佐賀県精神薄弱者更生相談所から障害の程度がB(Aは「重度」、Bは「それ以外」)であると判定され、平成5年11月22日及び平成10年10月27日にも障害の程度がBであると判定された。

 なお、上記更生相談所長の判定書(乙1の2)では、平成10年10月27日の判定時におけるIQ値は63(精神年齢10歳)であり、小学校中学年水準の文字の読み書きやごく簡単な2桁程度の加減算は記述式により可能であるが、まとまった文章の内容の理解は実用性が乏しく困難であり、一度に2個以上の買物をしての釣銭の計算はできないこと、対人関係は温和で消極的であり、他者から強く指示されると抵抗できないこと、ごく基本的な日常生活動作は自力で可能であるものの、地域社会で生活する上で必要な社会的な技術は不足しており支援が必要であることなどが判定されている。

   キ 本件訴訟が提起された後、Cは控訴人について保佐開始の審判を申し立てた(佐賀家庭裁判所武雄支部平成15年(家)第306号)。控訴人は、平成15年6月5日、国立肥前療養所の精神科医師により中等度の精神遅滞と診断され、同年9月17日、自分の財産を管理、処分するには常に援助が必要な状況にあり、その回復の可能性はなく、精神上の障害により事理を弁識する能力が著しく不十分であるとして、保佐開始、保佐人としてCを選任する旨の審判を受けた。

 同年9月16日裁判所に提出された同医師作成の鑑定書によれば、控訴人の精神の状態について、次のような記載がある。
 意識・疎通性については、挨拶は可能であるが、簡単な会話でも時間がかかる。少し込み入った話や抽象的なレベルの会話は不可能である。
 記憶力については、氏名、生年月日は正答するが、遠位記憶も近時記憶も不良。
 計算力については、簡単な足し算、引き算、掛け算はできるが、割り算は不能。
 理解・判断力については、乏しく、通常の社会生活に必要なことばの意味を理解していない。したがって、状況の認知は不良で判断力に乏しい。また、金銭の価値についての理解は、簡単な買い物、給料などについては及んでいるが、数百万円以上、あるいは不動産の価値の理解には及ばない。
 知能検査・心理学検査については、言語性IQ58、動作性IQ57、総合54であり、知的能力は低い。言語性IQは「数唱」では高得点を示したが、知識、単語、理解、類似の得点は極めて低い。

 説明として、診断は精神遅滞であり、その程度は、中程度である。労働経験を有し一応の社会適応をしていること、IQ54であること、運転免許を取得していることから、一見軽度精神遅滞としても良さそうに見えるが、言語性IQの知識、単語、理解、類似の得点は極めて低く、社会的事象については全く理解が及ばず、関心も興味も示さないこと、運転免許は親戚がかかりっきりで何度も受験してやっと合格したものであることなどからすると、中程度の精神遅滞と診断した。また、借金に伴う保証人の制度、自宅土地の価格、土地売買の方法について理解ができていない。理解の及ぶ範囲、意思を表明できる範囲は、日常生活の極めて限定された事柄にすぎない。保護された環境の中でかろうじて一応の生活ができている状態である。

   ク 当審における控訴人本人尋問の結果によれば、控訴人は、保証人になると「責任をかぶる」ことになる、利息とは「お金が増えること」などと一応の理解は示すものの(これは、前記ウのとおり、しんわとの連帯保証契約が発覚した際、Cから教え込まれたものと推測される。)、計算については、足し算のほか掛け算はできるが、割り算(6÷2)や少数計算(10×0.2)はできず、100円の1割は「多分10円」と正答するが、50円の2割や50円の15%はわからず、本件金銭消費貸借契約書(甲1)の「遅延損害金」の文字を読むことができず、その欄の記載内容も理解できないことが認められる。また、前にBがしんわから100万円を借金して保証人になったときの借金額について質問されて「多分、100万」と答えたり、Bと知り合った時期を質問されて、実際は3年以上前であるのに1、2年前であるかのような応答をし、不自然であることを指摘すると「よく覚えていない」と答えるなど、記憶が極めて曖昧である。

  (2) ところで、意思能力がない者がした行為は無効であるが(大審院明治38年5月11日判決・民録11・706)、ここにいう意思能力とは、自分の行為の結果を正しく認識し、これに基づいて正しく意思決定する精神能力をいうと解すべきである。
 そこで、控訴人に意思能力がないと認められるかどうか、以下検討する。

 上記(1)に認定の事実によれば、控訴人の金銭の価値についての理解は、簡単な買い物、給料などについては及んでいるが、数百万円以上の理解には及んでいないところ、本件連帯保証契約は簡単な買い物や給料額を遙かに超える150万円であること、控訴人は50円の15%は理解できないから、本件連帯保証契約の利息年28.835パーセント、遅延損害金年29.2パーセントの意味(元金返済を遅滞すると3年余りで返済額が借入金の2倍の300万円に達する)を理解できていないこと、にもかかわらず、控訴人が本件消費貸借契約書等に署名したのは、控訴人は他者から強く指示されると抵抗できない性格であり、Bから「余計なことは言うな」と言われていたことなどから、Bと被控訴人従業員から言われるままに行動した結果であることが認められ、これらの事情を考慮すると、控訴人は本件連帯保証契約締結の結果を正しく認識し、これに基づいて正しく意思決定を行う精神能力を有していなかったというべきである。抗弁(1)は理由がある。

 なお、意思無能力かどうかは、問題となる個々の法律行為ごとにその難易、重大性なども考慮して、行為の結果を正しく認識できていたかどうかということを中心に判断されるべきものであるから、控訴人について一般的に事理弁識能力が著しく不十分であるとして、平成15年9月17日保佐開始審判がなされた(乙3)ことは、本件連帯保証契約について意思無能力の判断をする妨げとなるものではない。
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