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意思能力(否定例) H10. 5.11 東京地裁

意思能力に関する判例

平成10年 5月11日 東京地裁 判決 平6(ワ)11710号
求償金請求事件 (請求棄却、控訴)
要旨
 くも膜下出血による後遺症に罹患し判断能力が減退していた者が銀行から金銭を借り受け、信販会社に保証委託をする旨の契約を締結し、各契約書に自署し、その名下に自己の印章による印影が認められる場合において、各契約書は真正に成立したものでないとして右各契約の成立が否定された事例
裁判経過
 控訴審 平成11年12月14日 東京高裁 判決 平10(ネ)2625号
(出典 判時 1659号66頁)
から

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 3 前記1のとおり、被告太郎は、甲一号証(金銭消費貸借契約証書)の借主欄に自ら署名したことが認められ、また、同号証の被告太郎名下の印影が同人の印章によるものであることについては争いがないから、特段の反証のない限り、同号証の被告太郎の作成部分は、全部真正に成立したものと推定すべきである。

 そこで、右反証の有無について判断すると、被告太郎が平成元年二月一三日にくも膜下出血を発症し、同月一五日から平成二年一〇月四日まで美原記念病院に入院していたことは前記1で認定のとおりであるところ、《証拠略》によれば、被告太郎の右くも膜下出血は、前交通動脈動脈瘤破裂に起因するものであり、被告太郎は、右入院中に二度の脳動脈瘤クリッピング術と脳室腹腔シャント術を受けたこと、しかし、被告太郎には、右出血により、判断力、総合的な企画力、認知力等を司る前頭葉の機能障害の後遺症が残り、平成二年一二月二八日の時点では、機能回復のため小学校低学年用の算数や国語のドリルをしていたが、
<1>記銘力障害が強く、見当識障害もあり、日時、場所、年齢もわからず、特に作話が認められる、
<2>あいさつ程度の簡単な会話は可能であるが、ある程度の内容のある話はできない、
<3>日常生活はなんとか可能であるが、労働能力はない、
と診断されたことが認められる。
そして、鑑定人渡辺登の鑑定の結果によると、被告太郎は、平成二年九月五日から一一月三〇日にかけて、一〇〇〇万円の借金をする意味を理解する能力は有しており、その限度での意思能力を保っていたことが認められるが、他方、美原記念病院における被告太郎の主治医であった証人佐藤の証言によると、右当時、被告太郎は、金銭の貸し借りの文字どおりの意味は理解できたとはいえ、それによって生じる負担や責任を理解する能力があったことについては疑問があること、また、被告太郎に甲一号証の記載内容を自ら読んだ上で理解する能力はなかったことが認められる。

 右認定の事実を総合すると、被告太郎が甲一号証に署名した際、同号証の記載内容を認識していたとは認め難いというべきであり、したがって、同号証に被告太郎の署名があり、被告太郎名下の印影が被告太郎の印章によるものである(右印章を乙山が預かっていたことは前記のとおりである。)からといって、同号証の被告太郎作成部分が全部真正に成立したものと推認することはできない。

 もっとも、証人須崎は、被告太郎から甲一号証に署名を受けるに先立ち、従前の経緯と内容を説明した旨供述するが、仮に右事実が認められるとしても、甲一号証の作成に至った経緯は前記1で認定のとおり相当複雑なものであって、前記認定の被告太郎の状況に照らすと、被告太郎が須崎の説明を理解し、ひいては甲一号証の記載内容を認識したとは認め難いというべきである。

 他に、甲一号証の被告太郎作成部分の成立の真正を認めるに足りる証拠はない。
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控訴審
平成11年12月14日 東京高裁 判決 平10(ネ)2625号
求償金請求控訴事件 (控訴棄却、確定)
要旨
くも膜下出血により前頭葉機能障害の後遺症が残った者が銀行の担当者の面前で複雑な金銭消費貸借契約書に自署し、印章を押印した場合について、日常的に行なわれる金の貸し借り、借りた金は返さなければならないということは理解できたが、高度に複雑な論理的判断をする能力は欠けていたとして、契約を締結する意思能力を否定した事例
裁判経過
 原審 平成10年 5月11日 東京地裁 判決 平6(ワ)11710号
(出典 金法 1586号100頁)

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