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平成19年11月16日 東京地裁 判決

平成19年11月16日 東京地裁 判決 <平17(ワ)20784号>

要旨
 人材派遣等を主な業務とする原告が、元従業員及び同人らが設立した同業会社に対し、共謀して原告の取引先の奪取及び従業員の引抜き等を行ったとして、債務不履行ないし不法行為に基づく損害賠償を求めた事案につき、退職後の競業避止義務を定める特約は、雇用者の利益及び退職者の不利益等を総合考慮し必要かつ合理的な範囲を超える場合には公序良俗に反し無効となるところ、特約を定めた誓約書の説明がなかったこと、退職金などの代替措置がなかったことなどから特約は公序良俗に反し無効であったとして競業避止義務に関する請求を排斥したが、元従業員による原告在職中の不適正な人員管理には五〇万円の賠償を命ずる限度で請求が認容された事例

出典 ウエストロー・ジャパン

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第3 裁判所の判断
・・・
 2 争点(1)(被告らによる,原告の取引先奪取,従業員引抜きを理由とする債務不履行ないしは共同不法行為に基づく損害賠償請求の当否)
  (1) 被告Y1及び被告会社について
   ア 原告は,被告Y1がa社在職中から被告会社の設立を検討し,平成17年1月からサンゴバンに働きかけていた旨主張するが,前記1(11)で述べたように,このような事実を認めるに足りる証拠はなく,被告Y1が被告会社の設立を考え,サンゴバンに対し被告会社との取引を勧誘したのは退職後からと認められる。したがって,被告Y1については,退職後もa社に対する競業避止義務を負うのか,競業避止義務を負うとして,これに違反する行為があったといえるかが問題となる。
   イ 一般に,元の雇用主が退職後の従業員に対し競業避止義務を課するためには,退職後の競業行為を禁止する旨の特約を締結する必要があると解される(なお,原告は雇用契約上の競業避止義務が退職後も一定の範囲で存続するとの主張もしているが,この主張は採用できない。)。
 被告Y1はa社に入社する際に,競業避止義務を記載した「誓約書」を差し入れており,これにより,「誓約書」に記載された競業避止義務を負う旨の特約(以下「本件特約」という。)が原告との間で成立したといいうる。
 しかしながら,従業員の退職後の競業避止義務を定める特約は,従業員の再就職を妨げ退職後の生計の手段を制限してその生活を困難にするおそれがあり,結果として,従業員に不利な条件での雇用関係を継続するよう強制する働きをもつことが予想されるとともに,職業選択の自由に制約を課すものであること,他方,一般に,従業員はその立場上,雇用者から求められればこのような特約を締結せざるを得ない状況にあることなどを考えると,従業員の退職後の競業避止義務を定める特約は,これによって守られるべき雇用者の利益,これによって生じる従業員の不利益の内容及び程度並びに代償措置の有無及びその内容を総合考慮し,その制限が必要かつ合理的な範囲を超える場合には公序良俗に反し無効であると解するのが相当である。
 本件では,被告Y1は,入社の際,採用,勤務にあたり遵守すべきこととして「誓約書」を示され,内容の説明もない状況で署名に応じたものであり,「誓約書」への署名を拒絶できる状況にはなかった。「誓約書」の文言を形式的に解釈すると,本件特約は,退職後の従業員に対し同種の営業目的を有する会社の設立に直接,間接にかかわること,同業他社への就職を全て禁止する趣旨と解されるが,これは従業員が職業を通じて得た経験を生かして再就職することを制限するものであるうえ,本件で競業関係にあるとされる人材派遣及び業務請負を目的とする市場は近時著しく拡大し転職先としても重要な位置を占めるようになっており,上記特約は退職後の従業員の生活を圧迫するおそれが高いが,a社では,このような従業員の不利益に対し,退職金などの代償措置はとられていなかった(a社の就業規則には退職金規程がなく,退職金の支払が予定されていない。)。また,本件特約は退職した従業員が在職している従業員を引き抜いたり,取引先を奪うことを防いでa社の利益を守ることを目的としていると解されるところ,取引先や従業員についての重要な情報を知る立場にない従業員も対象としており,目的に照らして対象が広範囲にすぎる。これらの事情を総合すると,本件特約が競業避止義務を課す期間を退職後2年間と限定していることを考慮しても,なお,その制限は必要かつ合理的な範囲を超えているといえ,公序良俗に反し無効というべきである。

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