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平成19年 8月30日 東京地裁 判決

平成19年 8月30日 東京地裁 判決 <平18(ワ)10563号 ・ 平18(ワ)17150号>
〔本田テキスタイル退職取締役競業事件・第一審〕

事案の概要等
 本件は,繊維製品卸売業を営む会社である原告が,その元従業員兼取締役であった第2事件被告が,原告在職中及び原告退職後,取締役としての忠実義務(平成17年法律第87号による改正前の商法(以下「旧商法」という。)254条の3)・競業避止義務(旧商法264条1項)に反する行為を行い,原告の取引先であった第1事件被告がこれに加担したと主張して,被告らに対し,損害賠償を求めている事案

要旨
 繊維製品卸売業を営む原告会社が、元従業員兼取締役である被告Y1が原告に在職中及び原告を退職後に忠実義務・競業避止義務に違反する行為を行ったとして、被告Y1等に対して損害賠償を求めた事案につき、被告Y1が在職中に自己又は第三者の利益のための営業行為を行っていたとは認められず、また、被告Y1が退職後に行った競業行為については、退職後も競業を禁止する旨の合意や就業規則がない限り、基本的には当該従業員・取締役の職業選択の自由の範囲内の行為であって、直ちに忠実義務違反・競業避止義務違反となるわけではないなどとして、請求が棄却された事例

裁判経過
 控訴審 平成20年 3月31日 知財高裁 判決 <平19(ネ)10076号>

出典 ウエストロー・ジャパン

第4 争点に対する判断
 1 争点1(第2事件被告の行為が取締役の忠実義務違反・競業避止義務違反に当たるか。)について
  (1) 本件サンプル1及び2に係る業務について
 前記第2の1(8)に認定のとおり,ケイアンリミテッドが,第1事件被告から服地を仕入れてマキムラに対し販売した事実が認められるが,その中に,本件サンプル1及び2に係る服地が含まれていたと認めるに足る証拠はない。また,第2事件被告が原告在職中であった平成13年10月ころ,原告とマキムラとの間で,本件サンプル1及び2に係る服地の売買契約が成立していたと認めるに足る証拠もない。
 したがって,原告主張のように,第2事件被告が原告在職中に,自己又は第三者の利益のために,本件サンプル1及び2について第1事件被告及びマキムラと取引を行い,第1事件被告が,本件サンプル1及び2にかかる服地をケイアンリミテッドに提供したと認めることはできず,第2事件被告の本件サンプル1及び2に係る業務に関する忠実義務違反等は認められない。
  (2) 本件サンプル1及び2以外の業務について
   ア 第2事件被告は,本件サンプル1及び2以外の業務について,原告在職中からケイアンリミテッドのための取引準備を行っていたかどうかについて判断する。
 前記第2の1(8)に認定のとおり,ケイアンリミテッドが服地を第1事件被告から仕入れてマキムラに販売したのは,平成14年3月18日以降である。これらの仕入れ・販売にかかる第2事件被告ないしケイアンリミテッドと第1事件被告及びマキムラとの準備や交渉(例えば,第1事件被告のサンプル作成,同サンプルの第2事件被告を介してのマキムラへの提示等)がいつから開始されたかは,本件証拠上明らかでない。しかし,服地の取引を行うには,仕入先(製造元)から商品のサンプルの提供を受けて,実際に販売するに到るまで,少なくとも3か月程度は必要であり,したがって,第2事件被告の原告在職中からマキムラ及び第1事件被告との交渉を開始しなければ平成14年3月18日のマキムラへの販売を行うことはできない,というような事情があればともかく,本件証拠上,そのような事情は認められない。また,証拠(甲7の1ないし3,乙4)によれば,第2事件被告は,原告在職中,Cからかばんないしそれに在中していたサンプルを借り受け,これを平成13年12月27日,原告名で,かつ原告の計算において,第1事件被告のC宛に送付して返却したことが認められるが,これらのサンプルに係る服地が,上記認定のケイアンリミテッドがマキムラに販売した服地であるかどうかは本件証拠上明らかでない。第2事件被告は,本件訴訟前に原告代表者に送付した平成17年8月20日付けの書簡(甲26の1)において,ケイアンリミテッドとマキムラ等との取引を否定するなどしており,その言動ないし主張に変遷等がみられるものの,そのことから直ちに,第2事件被告が原告在職中から取引準備を行っていたと認めることはできない。さらに,原告が第2事件被告に関する事情として挙げる平成8年ころのエスツーコミュニケーションの代表取締役に就任したこと及び小鍛治商事との取引については,原告代表者が承諾していたかどうかが争いとなっているのみならず,仮に承諾していなかったとしても,本件とは直接関係のない一般的な悪性を主張するものにすぎず,第2事件被告が原告主張のような行為をしたことの証左となり得るものではない。結局,第2事件被告が,上記サンプルを利用して,原告在職中から後日のケイアンリミテッドによる上記マキムラへの販売のための交渉をマキムラ等と行っていたと認めるに足る証拠はないといわざるを得ない。
 以上によれば,第2事件被告が,原告在職中からケイアンリミテッドのための取引準備を行っていたと認めることはできない。
   イ 次に,第2事件被告の原告退職後の行為について検討する。原告の就業規則等に退職後一定期間の競業を禁止する規定があるとか,第2事件被告と退職後も競業を禁止する旨の合意をしたという場合であればともかく,そのような就業規則等や合意がない場合,退職ないし退任後の競業行為は,基本的に当該従業員ないし取締役の職業選択の自由の範囲内の行為であって,退職ないし退任後に競業行為を行った場合,ただちに忠実義務違反,競業避止義務違反に該当するわけではない。
 本件においては,第2の1(6)に認定のとおり,第2事件被告が原告を退職した後,原告と第1事件被告との取引は減少しているが,これが原告の主張するように,第2事件被告が第1事件被告に対し,サンプルを提供させないようにするなどした結果であると認めるに足る証拠はない。原告が第2事件被告の悪性を示すものとして主張するエスツーコミュニケーションに係る件も第2事件被告が原告の主張するような行為をしたことの証左となりうるものでないことは,前述のとおりである。また,第2事件被告ないしケイアンリミテッドは,第2事件被告が原告を退職した後,前記第2の1(8)認定のとおり第1事件被告から仕入れた服地を原告の取引先であったマキムラに販売しており,証拠(甲25)によれば,平成15年10月以降,やはり原告の取引先であったセラビとも取引を開始したことが認められるが,上記のような就業規則等や合意の存在は主張されておらず,それらの存在を認めるに足る証拠もない。
 したがって,いずれにせよ,第2事件被告の退職後の行為について,忠実義務違反等を問うことはできない。
   ウ 小括
 よって,第2事件被告について,忠実義務違反,競業避止義務違反は認められない。

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