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平成19年 3月29日 東京地裁 判決(1/2)

平成19年 3月29日 東京地裁 判決 <平17(ワ)23468号>

事案の概要
 家電量販店チェーンを全国的に展開する株式会社である原告が,その店長の職にあり平成16年7月15日に退職した被告に対し,被告が退職に先立ち提出した役職者誓約書(以下「本件誓約書」という。)の3項において,「退職後,最低1年間は同業種(同業者),競合する個人・企業・団体への転職」はしないこと等を合意したにもかかわらず,退職後直ちに原告の競合他社に当たるギガスケーズデンキ株式会社(以下「ギガスケーズ社」という。)の連結子会社である株式会社ケーズモバイルシステム(以下「ケーズモバイル社」という。)に転職し,平成17年6月1日付で,ギガスケーズ社に移籍したとして,債務不履行に基づき,約定損害金合計418万7340円(なお,うち56万5290円については,不当利得としての返還も併せて主張)及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である平成17年10月11日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案
要旨
 原告会社の従業員(店長)として勤務していた被告が、退職後直ちに競合他社に転職し、役職者誓約書の本件競業避止条項に違反したとして、原告会社が被告に対し債務不履行に基づき約定損害金の支払を求めた事案において、被告は転職先を競合他社ではないと認識しており誓約書作成時に錯誤はなく、また被告の競業避止義務違反行為について原告会社の承諾があったものと認められるなどとして、原告会社の請求を棄却した事例

出典 ウエストロー・ジャパン

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第3 争点に対する判断
・・・
 2 争点(2)(公序良俗違反の存否)について
  (1) 前記1のとおり,被告には,本件誓約書の提出について錯誤は認められず,原告と被告は,本件誓約書の提出によって,本件競業避止条項について合意したものと認められる。
 そこで,合意の有効性について検討するに,何人にも職業選択の自由が保障されていることからすれば,本件のような退職後の競業避止を内容とする合意は無制約に認められるものではなく,合意が適切な手続により労働者の自由な意思に基づいてされているか,それが使用者のいかなる利益を保護することを目的としているか,禁止される期間や地域,対象等が明確で,従業員の退職前の地位等に照らして合理的なものといえるか,これにより従業員が受ける不利益に対する代償が認められているかなどの諸事情を考慮して,合理的と認められる場合に限り有効なものと解すべきである。

  (2) 以下,本件について検討する。
 前記第2の2の争いのない事実等に加え,証拠(甲1,4ないし6の6,10ないし12,16,18,乙1ないし3,証人E,同C,被告本人)及び弁論の全趣旨によれば,以下のとおり認めるのが相当である。
   ア 被告の退職前の地位について
 (ア) 被告は,退職時には店長の地位に,退職の直前である平成16年4月1日には母店長兼務店長の地位にあった。母店長は,原告の組織上,営業本部長,営業副部長,地区部長に次ぐ役職であり,店舗を統括する店長を指揮監督する立場であり,当時の店長254名に対し,母店長は9名であった。
 (イ) 原告の機密事項に当たる経営方針等を決定する最高機関は営業会議であり,これには役員及び地区部長以上の従業員のみが参加し,母店長及び店長には,地区部長を介して営業会議での決定事項が伝達されており,被告は直接原告の営業会議に出席することはなかった。しかし,被告は,母店長兼務店長であった当時,母店長として毎週2回開催される原告本部での会議に出席するととともに,母店長あるいは店長として全店店長会議,エリア会議及び情報連絡会にテレビ中継を使って参加しており,店舗における運営,管理,人事等を担当していた。
 (ウ) 以上からすれば,原告においては,最も重要な機密事項を把握・決定する第一次的機関は営業会議であったが,被告は,母店長あるいは店長として,営業会議を運営する経営陣と末端の従業員をつなぐパイプとしての役割を担う地位にあったことが認められる。

   イ 本件競業避止条項の目的について
 (ア) 原告は,家電量販店業界において売上高1位に位置する企業であり,価格競争を含む競合店との競争戦略,様々なシステムを駆使する技術及びノウハウが,原告の売上高1位を支えていると分析している。
 ここでいう様々なシステムとは,具体的には,@人事に関するOPEN PSSシステム,Aトランシーバーの活用,B支援システム及びC店長パソコンシステムのことを指すが,@,A及びCは他の競合店等でも採用しているシステムであり,@は原告において退職者に対し競業避止義務を負担させるようになった平成11年以降の平成14年に導入されたものであり,Bについても,監視カメラを使って店舗の売り場状況を把握するというシステム自体は他の競合店にも既に知られているものであり,本件競業避止義務はこれらのシステム自体の情報の漏洩防止を目的としたものとは評価できない。
 (イ) 原告においては,平成11年ころから,役職者誓約書を導入し,役職者に競業避止義務及び秘密保持義務を負わせることとし,被告も含めた複数の役職者がギガスケーズ社に転職した事実が明らかとなって以降は,役職者に昇進する時点でも役職者誓約書の提出を求めることとなった。
 (ウ) 以上からすれば,原告が使用しているシステム自体は,他社と同様のものあるいは類似のものと認められ,本件競業避止義務はこれらのシステム自体の情報の漏洩防止を目的としたものとは評価できないが,類似あるいは同種の商品を販売する家電量販店が競合する現代においては,たとえ他社と同様のシステムを使用していても,会社独自のシステム運営技術及びノウハウが培われており,そのノウハウが競合他社にとって価値のあるものであろうことは一般に知られていることというべきであり,そのような意味で,競業避止の目的となるべき固有の知識及び秘密は存在するものと認めるのが相当である。

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