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H20. 3.13 東京高裁判決(2/2)

前掲
平成20年 3月13日 東京高裁 判決 <平19(ネ)5193号>
から

(続き。なお、適宜改行してある。)
ーーーーー
 ウ 保険代位の範囲について

 そこで、代位の範囲について検討する。
本件人身傷害補償保険は、自動車の運行に起因する事故等であって急激かつ偶然な外来の事故により被保険者が身体に傷害を被ること(人身傷害事故)によって被保険者等が被る損害に対して、人身傷害補償条項及び一般条項に従って保険金を支払うものであり(本件約款第二章第一節の1条1項)、その保険金は、被保険者に過失がある場合であっても、故意又は極めて重大な過失(事故の直接の原因となり得る過失であって、通常の不注意等では説明のできない行為を伴うものをいう。)に当たらない限り、被保険者の過失の有無又はその割合に関係なく、支払われるものとされている(本件約款第二章第一節の6条参照)。
そして、本件約款の本件代位規定によれば、保険代位の範囲は、上記のとおり、保険会社の支払った保険金の額の限度内で、かつ、保険金請求権者(被保険者)の権利を害さない範囲内と定められているところ、本件代位規定が保険代位の範囲として保険金請求権者(被保険者)の権利を害さない範囲内との限定を加えたのは、商法662条1項を修正して、保険金請求権者(被保険者)が保険金と損害賠償金(第三者に対する権利)とを合わせてその損害の全部の填補を受けることができるようにし、保険金と損害賠償金(第三者に対する権利)との合計額が損害額全額を上回る場合についてのみ、保険会社がその上回る部分を代位取得するとの考え方(いわゆる差額説)に出たものと解するのが相当である。
なぜなら、本件約款が保険代位の一般規定である商法662条1項 にはない保険金請求権者(被保険者)の権利を害さない範囲内との文言を加えている以上、保険代位の範囲を商法662条1項よりも限定して解釈するのが相当であり、本件代位規定の文言と類似する商法662条2項 の「被保険者ノ権利ヲ害セサル範囲内ニ於テノミ」との文言が、被保険者の権利行使が保険者の権利行使に優先するという趣旨に解されていることとも整合するからである。
実質的にみても、保険契約者が自ら保険料を支払って本件人身傷害補償保険に加入するのは、被保険者に過失がある場合には加害者に対する損害賠償請求権のみをもってしては被保険者に生じた全損害を填補することができなくなるから、このような場合であっても全損害をできるだけ多く填補しようとするためであると解される。

 したがって、被保険者が本件人身傷害補償保険の保険金の支払を受けた後に加害者に対する損害賠償請求訴訟を提起した場合において、被保険者にも過失があるとされたときは、同訴訟において認容された加害者に対する損害賠償請求権の額と支払を受けた保険金の額との合計額が同訴訟において認定された被保険者の損害額を上回る場合に限り、その上回る限度において、すなわち、同訴訟において認定された被保険者の過失割合に対応する損害額を保険金の額が上回る場合に限り、その上回る限度において、保険会社は被保険者の加害者に対する損害賠償請求権を代位取得し(ただし、上回るか否かの比較は、積極損害、消極損害、慰謝料の損害項目ごとに行うべきである。)、被保険者はその限度で加害者に対する損害賠償請求権を喪失するものと解すべきである。

 なお、本件約款によれば、本件人身傷害補償保険の保険金の額は、本件約款の別紙に定める区分ごとの基準(以下「人傷基準」という。)により算定された損害額等から、自賠責保険等によって既に給付が決定し又は支払われた金額、対人賠償保険等によって賠償義務者が損害賠償責任を負担することによって被る損害に対して既に給付が決定し又は支払われた金額、保険金請求権者が賠償義務者からすでに取得した損害賠償金の額等を差し引いた額であると定められている(本件約款第二章第一節の8条1項、9条、10条1項。以下、これらの規定を「本件計算規定」という。)。この規定を形式的に適用すると、過失相殺がされる事案において損害賠償金の支払が先行した場合には、保険金請求権者は人傷基準による算定損害額から損害賠償金額を控除した残金の限度でしか本件人身傷害補償保険の保険金の支払を受けることができないことになり、保険金請求権者が支払を受けることができる総額は、本件人身傷害補償保険の保険金の支払が先行した場合に支払を受けることができる総額を下回ることになってしまう。このように加害者に対する損害賠償請求権と本件人身傷害補償保険の保険金請求権のどちらを先に行使するかによって保険金請求権者の支払を受けることができる総額が異なるとするのは相当ではないから、本件計算規定においても、保険金の計算に当たって控除することができる金額を保険金請求権者の権利を害しない限度に限定して解釈するのが相当である。したがって、本件計算規定があることが保険代位の範囲を前記のとおりに解釈することの妨げとなるものではない。

 エ 本件における保険金の控除について

 第一審原告が受領した本件人身傷害補償保険の保険金のうち上記(3)において認定した損害を填補する性質を有するものは休業損害と慰謝料であり、休業損害の保険金は消極損害である休業損害及び逸失利益を填補し、慰謝料の保険金は傷害慰謝料及び後遺障害慰謝料を填補するものということができる。
そして、前記認定によれば、第一審原告に生じた休業損害及び逸失利益の損害の額は合計506万0325円であって、第一審被告らに請求できる休業損害及び逸失利益の損害賠償請求権の額は253万0162円であるところ、この253万0162円と保険金のうちの休業損害分210万円との合計額は上記506万0325円を下回る。
また、第一審原告に生じた傷害慰謝料及び後遺障害慰謝料の損害の額は合計272万円であって、第一審被告らに請求できる傷害慰謝料及び後遺障害慰謝料の損害賠償請求権の額は136万円であるところ、この136万円と保険金のうちの慰謝料分80万円との合計額は上記272万円を下回る。
したがって、第一審原告が支払を受けた本件人身傷害補償保険の保険金を前記の過失相殺後の損害賠償請求権の額から控除することはできないというべきである。
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※商法第662条 
損害カ第三者ノ行為ニ因リテ生シタル場合ニ於テ保険者カ被保険者ニ対シ其負担額ヲ支払ヒタルトキハ其支払ヒタル金額ノ限度ニ於テ保険契約者又ハ被保険者カ第三者ニ対シテ有セル権利ヲ取得ス
2 保険者カ被保険者ニ対シ其負担額ノ一部ヲ支払ヒタルトキハ保険契約者又ハ被保険者ノ権利ヲ害セサル範囲内ニ於テノミ前項ニ定メタル権利ヲ行フコトヲ得

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