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高次脳機能障害についての知見 H18. 5.26 札幌高裁判決から(3/3)

前掲
平成18年 5月26日 札幌高裁 判決 <平16(ネ)60号 ・ 平16(ネ)272号>
から

  (2) 本件に表れた全証拠からは,控訴人の上記のような障害及び性格の変化の原因は本件事故以外には考えられない。そして,控訴人のこのような変化について,控訴人が高次脳機能障害であるとして説明する専門家の意見と高次脳機能障害ではなく,転換性ヒステリー症状であるとして説明する専門家の意見がある。
 そこで,まず,高次脳機能障害の特色等について検討する。

   ア 高次脳機能障害とは,知覚,記憶,学習,思考,判断などの認知過程と行為の感情(情動)を含めた精神(心理)機能を高次脳機能と総称されるが,自動車事故等により脳が損傷されたために,認知機能に障害が起きた状態を高次脳機能障害という。特に,交通事故による場合を従来の高次脳機能障害と区別して脳外傷による高次脳機能障害と呼ぶこともある。
 外傷性の高次脳機能障害による症状は,主として,認知障害と人格変化であり,認知障害としては,記憶障害,注意障害,遂行機能障害(前頭葉機能障害)があり,人格変化としては,行動・情緒障害がある。

   イ 外傷による脳損傷のメカニズムは,直接的にしろ間接的にしろ頭部に強い衝撃が加わって発生する。その特徴は,病変がどこか1か所ではなくて,種々の病変が多発性に見られることである。その発生機序は,大きく分けて接触損傷と加速損傷の2つに分類され,本件で問題となるのは,加速損傷である。
 頭部に衝撃を受けた瞬間,ふつう頭部は移動し,そのとき頭蓋骨は脳よりも速く移動するため頭蓋骨と脳は互いに衝突する(直撃損傷)。また,直撃部の反対側の脳は頭蓋骨の動きに対し,元の位置を保とうとするので,頭蓋骨と脳の間が陰圧となって(空洞現象)脳が損傷される(対側損傷)。加速によって脳損傷が起きるもう1つの機序は,脳が均一な構造物ではないために,脳に衝撃が加わって移動する時,脳内部に相対的なずれ(せん断ゆがみ)が起きることである。自動車に乗っていて衝突した場合,頭部には前後に激しい衝撃が加わるが,そのとき頭部は頚部を支点にして前屈,後屈と強い回転加速度を受ける。脳幹部,すなわち,回転の支点に近い脳と前頭部から頭頂部にかけての支点から遠い脳では,遠い脳の方がはるかに速く移動しなければならない。したがって,回転加速度がある程度以上大きくなると,脳はその形を保ったまま移動できなくなり変形する。このとき脳内部にずれが起きて神経線維が切れてしまう。これがびまん性軸索損傷の発生機序である。びまん性軸索損傷は,自動車事故で頻繁に起きるとされている。

   ウ びまん性軸索損傷は,臨床的には何ら頭蓋内占拠性病変が伴わないのに,受傷直後から高度の意識障害が続くような状態で,CTなどで調べても明らかな脳挫傷や頭蓋内血腫がないにもかかわらず,昏睡が続いている状態のことをさしている。最近の研究によれば,受傷直後に断裂する神経軸索はむしろ少なく,少し遅れて軸索の断裂が起きると考えられている。また,CTやMRIで両側性の脳腫張や脳梁,脳室周囲,上部脳幹部に散在性の出血や挫傷像を見ることも多いが,何ら異常認めないこともある。また,軸索損傷という病態は,そんなに重症な場合のみに見られるとは限らない。脳しんとうは,びまん性軸索損傷のごく軽症型と考えられている。

   エ びまん性軸索損傷の診断は,臨床的に難しい場合が多いが,その理由は2つある。第1は,びまん性軸索損傷は,局所の脳損傷(脳内血腫や脳挫傷等)と違ってCTやMRIを用いても異常がはっきりしないことが多く,症状も非常に多彩であるから,症状と一致した客観的証拠が得られにくい。第2は,びまん性軸索損傷の重症度にもいろいろな程度があり,受傷直後から高度の意識障害があり,それが遷延するような重症な場合は,CTやMRI上で異常所見がなくてもびまん性軸索損傷の存在の予測がつくが,中等度又は軽度のびまん性軸索損傷では意識障害も比較的早く回復し,CTやMRI上で異常がなければ脳外傷はないと急性期には見過ごされる可能性がある。

   オ 高次脳機能障害がびまん性軸索損傷によるものである場合,損傷を受けた軸索がワーラー変性(神経線維の損傷により末梢の線維に栄養が行かないため変性し最終的に軸索が萎縮し破壊される。)により萎縮破壊され,また,外傷の急性期での呼吸障害等による脳全体の低酸素障害等も相まって,脳萎縮(脳の白質及び灰白質の萎縮)や脳室拡大(脳の白質の萎縮が進むため脳室が大きくなるので,厳密には脳室拡大は脳萎縮の特殊型といえる。)が生じ,これが慢性期に至ってMRIによる画像やCTによる画像等により外見上の所見として明らかになることがある。
 しかし,損傷を受けた軸索の数が少ないため,慢性期に至っても外見上の所見では確認できないが,脳機能障害をもたらすびまん性軸索損傷が発生することもある。このような場合は,神経心理学的な検査による評価に,PETによる脳循環代謝等の測定結果を併せて,びまん性軸索損傷の有無を判定していくことになる。
 外傷性による高次脳機能障害は,近時においてようやく社会的認識が定着しつつあるものであり,今後もその解明が期待される分野であるため,現在の臨床現場等では脳機能障害と認識されにくい場合があり,また,昏睡や外見上の所見を伴わない場合は,その診断が極めて困難となる場合があり得る。

  (3) 次に,高次脳機能障害と判断するための要素について検討する。財団法人日弁連交通事故相談センター札幌支部及び札幌弁護士会法律相談センター運営委員会が発行している「高次脳機能障害相談マニュアル」によれば,@交通事故による脳の損傷があること,A一定期間の意識障害が継続したこと,B一定の異常な傾向が生じることの事項に該当する場合,高次脳機能障害の可能性があるとされ,同様の基準を判示した裁判例も存在する。
 しかし,Aの要素に関しては,意識障害を伴わない軽微な外傷でも高次脳機能障害が起きるかどうかについては見解が分かれており,これを短期間の意識消失でもより軽い軸索損傷は起こるとする文献があり,本件記録に表れた専門家の意見が記載された文献では,むしろ後者の見解のほうが多く,Aの要素を重要な目安としているのは,法律家が作成した上記の高次脳機能障害相談マニュアルと裁判例だけである。そして,外傷性による高次脳機能障害は,近時においてようやく社会的認識が定着しつつあるものであり,今後もその解明が期待される分野であることからすれば,Aの一定期間の意識障害が継続したことの要素は,厳格に解する必要がないものといえる。
<以下略>

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