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高次脳機能障害についての知見 H19.10.31 大阪地裁判決から(2/2)

前掲
平成19年10月31日 大阪地裁 判決 <平18(ワ)9452号>
から

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   イ 高次脳機能障害の定義
 高次脳機能障害とは、脳の高次機能である認知、行為(の計画と正しい順序での遂行)、記憶、思考、判断、言語、注意(の意図的な持続)などが、脳梗塞の内疾患や、交通事故などによる脳外傷により損傷を受け、障害された状態である(甲八六)。
 また、損害保険料率算出機構が設置した自賠責保険における高次脳機能障害認定システム検討委員会が作成した「『自賠責保険における高次脳機能障害認定システムの充実について』(報告書)」と題する書面(甲九六)によると、自賠責保険における「脳外傷による高次脳機能障害」とは、脳外傷後の急性期に始まり多少軽減しながら慢性期へと続く、以下の(ア)ないし(オ)の特徴的な臨床像を指すとされている。

 (ア) 典型的な症状―多彩な認知障害、行動障害及び人格変化
 認知障害とは、記憶・記銘力障害、注意・集中力障害、遂行機能障害などで、具体的には、新しいことを覚えられない、気が散りやすい、行動を計画して実行することができない、などである。行動障害とは、周囲の状況に合わせた適切な行動ができない、複数のことを同時に処理できない、職場や社会のマナーやルールを守れない、話が回りくどく要点を相手に伝えることができない、行動を抑制できない、危険を予測・察知して回避的行動をすることができない、などである。人格変化とは、受傷前には見られなかったような、自発性低下、衝動性、易怒性、幼稚性、自己中心性、病的嫉妬・ねたみ、強いこだわりなどの出現である。
 なお、これらの症状は、軽重があるものの併存することが多い。

 (イ) 発症の原因及び症状の併発
 前記(ア)の認知障害、行動障害、人格変化は、主として脳外傷によるびまん性脳損傷を原因として発症するが、局在性脳損傷(脳挫傷、頭蓋内血腫など)との関わりも否定できない。実際のケースでは、両者が併存することがしばしば見られる。また、びまん性脳損傷の場合、前記(ア)の症状だけでなく、小脳失調症、痙性片麻痺あるいは四肢麻痺の併発も多い。これらの神経症状によって起立や歩行の障害がある事案においては、脳外傷による高次脳機能障害の存在を疑うべきである。

 (ウ) 時間的経過
 脳外傷による高次脳機能障害は、急性期には重篤な症状が発現していても、時間の経過とともに軽減傾向を示す場合がほとんどである。これは、外傷後の意識障害の回復経過とも似ている。したがって、後遺症の判定は、急性期の神経学的検査結果に基づくべきではない。経時的に検査を行って回復の推移を確認すべきである。しかし、症例によっては、回復が少ないまま重度な障害が持続する場合もある。

 (エ) 社会生活適応能力の低下
 前記(ア)の症状が後遺した場合、社会生活への適応能力が様々に低下することが問題である。これを社会的行動障害と呼ぶこともある。軽症で、忘れっぽい程度の障害であれば日常生活への影響は少ない。しかし、重症では就労や就学が困難になったり、介護を要する場合もある。

 (オ) 見過ごされやすい障害
 脳外傷による高次脳機能障害は、種々の理由で見落とされやすい。例えば、急性期の合併外傷のために診療医が高次脳機能障害の存在に気づかなかったり、家族・介護者は患者が救命されて意識が回復した事実によって他の症状もいずれ回復すると考えていたり、被害者本人の場合は自己洞察力低下のため症状の存在を否定している場合などがあり得る。

   ウ 高次脳機能障害の診断基準
 (ア) 自賠責保険が高次脳機能障害の認定に用いている要素として、以下aないしeが挙げられ、このような要素に該当する症例であれば、高次脳機能障害が問題となる事案として、自賠責保険審査会の高次脳機能障害専門部会で審査・認定を受けられるシステムになっている(甲九六、弁論の全趣旨)。
  a 初診時に頭部外傷の診断があること。
  b 頭部外傷後に以下のレベルの意識障害があったこと
   (a) 半昏睡ないし昏睡で、開眼・応答しない状態(ジャパン・コーマ・スケールで三桁、グラスゴー・コーマ・スケールで八点以下)が少なくとも六時間以上続くこと。
   (b) 軽度意識障害(ジャパン・コーマ・スケールで一ないし二桁、グラスゴー・コーマ・スケールで一三ないし一四点)が少なくとも一週間以上続くこと。
  c 経過の診断書又は後遺障害診断書に、高次脳機能障害、脳挫傷、びまん性軸索損傷、びまん性脳損傷等の記載があること。
  d 経過の診断書又は後遺障害診断書に、前記cの高次脳機能障害等を示唆する具体的な症例が記載されていること、また、WAIS―Rなど各種神経心理学的検査が施行されていること。
  e 頭部画像上、初診時の脳外傷が明らかで、少なくとも三か月以内に脳室拡大・脳萎縮が確認されること。

 (イ) ただし、bの要素に関しては、短期間の意識消失が起こる軽度頭部外傷でもより軽いびまん性軸索損傷が起こるとする趣旨の文献(甲四八、四九)や、意識障害の伴わない頭部外傷によるびまん性軸索損傷の存在を示唆する文献(甲四四、四五、五〇、五一)も見られ、意識障害がないことのみにより、びまん性軸索損傷を含む脳の器質的損傷が生じていないと断定することはできない。

 (ウ) また、eの要素に関しても、局在性損傷のないびまん性軸索損傷のみの脳外傷については、CTやMRIの画像所見では発見しにくく、画像診断において見落とされる可能性が高いとする趣旨の文献(甲四八、五〇、五二、七一、七三)があり、意識障害についてと同様に、現在の画像診断技術で異常が発見できない場合に、外傷による脳の器質的損傷が存在しないと断定することはできない(甲九六)。実際、脳外傷についての診断基準として、名古屋市総合リハビリテーションセンターにおいては、問診によって頭部外傷の事実が確認できることを前提として、CTあるいはMRI上、脳損傷が認められない場合でも、ポジトロン断層法(以下「PET」という。)により脳代謝の低下が認められれば、脳外傷と診断されている(甲五二)。
 なお、PETは、脳血流量、脳酸素代謝、脳糖代謝等を計測することができるが、検査機器が高価であるため、検査が可能な施設は限られている。他方、SPECTは、投与される放射性薬剤がPETと異なるため、脳酸素代謝、脳糖代謝等を計測することはできないが、脳血流量を計測することはでき、検査が可能な施設も多い(甲一〇二)。
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