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医学的知見 常位胎盤早期剥離

<H18.10.13 京都地裁判決から>

 1 医学的知見について
 証拠(各項末尾に記載,とりわけ重要な記載については頁数も記載した。)によると,本件の各争点を判断するために必要な医学的知見として,次の事実が認められる。

  (1) 早剥について
   ア 早剥は,妊娠20週以降で,正常位置付着胎盤が胎児娩出以前に胎盤の組織又は血管の一部に破綻をきたし,出血により子宮壁から部分的又は完全に剥離し,重篤な臨床像を呈する症候群である。各種の妊娠合併症のうち,特に母体及び胎児の死亡率が高く,母体死亡率5ないし10パーセント,胎児死亡率30ないし50パーセントとする報告がある。〔金原出版株式会社が平成16年10月29日に発行した「周産期の出血と血栓症−その基礎と臨床−」(甲B3の1ないし3の3,以下「基礎と臨床」という。)〕

   イ 分類には,一般に「Pageの分類」が用いられている。これによると,重症度が第0度から第V度に分けられ,第0度及び第T度を「軽症」,第U度を「中等症」,第V度を「重症」と呼ぶ。胎盤剥離面は,軽症が30パーセント以下,中等症は30ないし50パーセント,重症は50パーセント以上である。第0度は,臨床的には無症状で,娩出胎盤を観察して確認できるものであり,第T度は,500ミリリットル以下の性器出血があり,軽度の子宮緊張感があり,児心音は時に消失するが,蛋白尿は稀というものであり,第U度は,500ミリリットル以上の性器出血があり,下腹部痛を伴い,子宮硬直があり,胎児は死亡していることが多く,時に蛋白尿が出現するというものであり,第V度は,子宮内出血及び性器出血が著明で,子宮硬直が著明で,下腹部痛,子宮底上昇があり,胎児は死亡し,出血性ショック及び凝固障害を併発し,子宮漿膜面血液浸潤がみられ,蛋白尿が陽性というものである。(「基礎と臨床」甲B3の3)

   ウ 早剥の成因,誘因については様々なものが挙げられている。従来より妊娠中毒症がその原因として重要視されてきた。早剥症例の3分の1から3分の2は妊娠中毒症あるいは高血圧合併妊娠症例であり,特に妊娠中毒症症例における早剥は,より重症化するリスクが高く,DICを併発する危険性が高いとする論説があるが,最近は,無関係であるとの報告も多い。〔「基礎と臨床」甲B3の3(196頁),日本産婦人科学会誌54巻3号の「研修医のための必修知識」と題する論説(甲B6,以下「必修知識1」という。)(N39頁),乙B2〕

   エ 臨床症状については,文献には次のように記載されている。
    (ア) 胎盤娩出後に初めて診断される無症状のものから,胎盤剥離部に一致した圧痛及びそれに続く持続的子宮収縮,さらには中等量から多量の性器出血を認めるものまでさまざまである。剥離面積が大きく血腫も増大すれば,子宮は板状硬となり,胎児部分の触知は困難となる。また子宮体は膨隆し,子宮底は上昇する。出血には,外出血型(約80パーセント)と内出血型(約20パーセント)があるが,内出血型は,子宮内圧の亢進を伴い,早期にDICを併発するので,母児ともに予後不良である〔基。「礎と臨床」甲B3の3(198頁,199頁)〕
    (イ) 不規則,頻回の子宮収縮または持続的子宮収縮,剥離部子宮壁の自発痛,圧痛,後に腹壁板状硬が特徴である。特に留意すべきは,早剥の初期では切迫早産と類似の規則的子宮収縮を呈することがあることである。胃部不快感や上腹部痛や胎動の減少を認めることもある。性器出血は,赤褐色で陣痛間欠時に増量傾向。進行例では,急性貧血症状,ショック症状がある。(医学書院発行の「今日の診断プレミアム」14巻DVD−ROM版,乙B21)
    (ウ) 一般の切迫早産徴候(あるいは分娩開始徴候)と同様の症状を訴えることが多いので,この際に,安易に内診のみで診断せず,CTG(分娩監視装置)の確認や超音波検査などを行って,早剥をルールアウトする〔「必修知識1」甲B6(N41頁)〕。
    (エ) 出血は暗赤色で,下腹部痛,腰痛を伴う。子宮壁の圧痛を認め,症状が進行すると腹壁(子宮筋)は板状硬となる。〔平成11年10月に日本母性保護産婦人科医会が発行した「研修ノート 母体救急疾患−こんな時どうする−」(乙B20,以下「研修ノート」という。)(72頁)〕

   オ 早剥の心拍陣痛図所見について,「基礎と臨床」には次の趣旨の記載がある。
 「胎盤の剥離速度や剥離面積によりさまざまなパターンを呈する。早剥の発症初期や軽症のうちは,一時的な頻脈がみられる。早剥の進行に伴い,NRFS(non-reassuring fetal status 「安心できない胎児の状態」)が顕性化すると,基線細変動の減少,遅発一過性徐脈,サイヌソイダルパターン(胎児心拍数図が三角関数のサインカーブのように一定の周期と一定の振幅をもって変動し,基線細変動が消失しているパターンのこと)等を呈するようになり,その後細変動が消失し,高度の持続的な徐脈から胎児死亡に至る。」(200頁)

   カ 早剥の超音波所見について,「基礎と臨床」(甲B3の3)には次の趣旨の記載がある。
 「臨床症状および心拍陣痛図所見で早剥が少しでも疑われたら,ただちに超音波検査を実施する。早剥の超音波所見の特徴は,脱落膜部位での出血や胎盤後血腫像であるが,これらは必ずしも単純なものではなく,その発生部位,原因,剥離の程度,時間経過などにより多彩な像を呈する。発症初期は軽症例における確診の期待はいまだ十分とはいえないものの,進行期においてはその血腫の確認により診断は比較的容易である。」(200頁,203頁)

   キ 治療は,第T度以上のものは,急速遂娩が第一である。〔「基礎と臨床」甲B3の3(209頁),乙B2〕


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