ホーム > 医療 > 医学的知見 >  

脳動脈瘤、高血圧性脳症、失語症

前掲【平成19年 4月24日 東京地裁 判決 <平12(ワ)24872号>
   請求棄却
   出典
   ウエストロー・ジャパン】から

   イ 脳動脈瘤について(<証拠略>)
 (ア) 脳動脈瘤
 脳動脈が瘤状あるいは紡錘状に拡大したものを脳動脈瘤(cerebral aneurysm)といい,動脈瘤が破綻すると,前述したとおり,くも膜下出血が発症する。そのため,脳動脈瘤が発見された場合には,その予後との関係で,再破裂による再出血と脳血管攣縮を防止するため,初回出血後できるだけ早期に治療を行う必要がある。 (イ) 脳動脈瘤の治療
  a 脳動脈瘤の診断には,脳血管撮影が必須であり,根治手術としては,動脈瘤茎部のクリッピングが理想的とされる。
  b 具体的なクリッピングの手順としては,まず,クリッピング前に周囲血管の血管音を記録し,クリッピング後に狭窄や閉塞を来していないか,また血流方向が逆転していないかなどを確認するために,ドップラーの準備が必要である。
 また,手術に当たっては,脳ベラを用いて,動脈瘤全体を剥離,露出し,周囲血管との関係を直視することが重要である。殊に,本件で問題となっているような中大脳動脈の動脈瘤は,2本ないし3本の主幹動脈の分岐部に発生するため,狭い範囲の剥離では,裏側の状態を完全に観察することができず,慎重な処置が求められる。また,動脈瘤の周囲血管とのわずかな癒着が残っていても,クリッピングによって動脈がねじれ,kink(ねじれ)や狭窄を来すこともあるので,特に動脈瘤の頸部は完全に剥離,露出することが必要である。
 そして,実際のクリッピングに際しては,動脈閉塞がもたらされる例も報告されていることから(甲55),母血管(親動脈)を確保することが重要であり,顕微鏡あるいはポータブルDSA(digital subtraction angiography)を使用しながら,母血管を狭窄させないように,できるだけ母血管と平行にクリップを掛けるようにする。また,クリッピングに当たっては,脳ベラを外して脳が元の状態に復帰した際に,クリップの先が血管を圧迫し狭窄や閉塞を来さないか,またクリップがねじれることにより,母血管に kink(ねじれ)が生じないかなどを予想して行う。そして,クリッピング終了後にはドップラーで血流音を確かめておくことも重要である。
  c なお,動脈瘤の中にできた血栓が大きくなり,動脈を塞いだり,その血栓がちぎれて脳の先の細い血管を詰まらせたりして,脳梗塞を起こしたりする場合もあるとされている(甲70)。

   ウ 高血圧性脳症について(甲21)
 (ア) 高血圧性脳症の症状
 高血圧性脳症とは,血圧の急激な上昇に伴って,脳血管自己調節機構が阻害されてbreakthroughをきたし,初期には血流増加による頭蓋内圧亢進,次いで血管透過性亢進により脳浮腫をきたし,脳症を示すものである。その症状としては,著明な高血圧(典型例では250
150mmHg前後)のほか,初期症状として激しい頭痛があり,悪心,嘔吐を伴うこともある。また,錯乱から昏睡に至る種々のレベルの意識障害が見られ,放置すれば進行性に意識レベルが低下するほか,視力障害,痙攣発作(Jackson痙攣又は大発作)が生じる。
 中でも,高血圧性脳症に見られる頭痛は,次第に激しくなっていくものであり,突発性の激しい頭痛であるくも膜下出血の場合とは異なる。また,高血圧性脳症で見られる視力低下は,皮質盲によるものであって,眼底出血によるものではなく,対光反射が保たれている。その他,片麻痺等の明らかな神経学的局所症状,髄膜刺激症状は見られないのが一般的であるが,両側性の腱反射の亢進や病的反射が見られることがある。
 (イ) 具体的な診断
 上記のような症状が見られ,極めて高度な高血圧あるいは急激な血圧上昇が存在する場合には,高血圧性脳症を疑うが,その診断は,十分な血圧下降により,症状が速やかに改善した場合に確定する。そして,高血圧が著明であるが,他の疾患を否定し得ないときは,まず即効性の降圧薬で降圧すべきであるとされている。

   エ 失語症(<証拠略>)
 いったん獲得された言語能力が,大脳にある言語中枢の障害によって消失ないし低下したものを失語と呼ぶ。失語の原因としては,痴呆や緩徐進行性疾患も存在するが,脳梗塞や脳出血等の脳血管性障害によるものが最も多い。
 失語の種類としては,ウェルニッケ失語,ブローカ失語,伝導性失語が代表的なものであるところ,ウェルニッケ失語は,言語理解の中枢である上側頭回後方部から縁上回まで(ウェルニッケ中枢)を含む損傷により生じるものであり,発話量は豊富で流ちょうであるが,内容が空虚となり,語健忘,錯語が見られるほか,質問に対する正誤の返答が不良となるのが特徴である。また,ブローカ失語は,左中心前回弁蓋部から下前頭回後端部まで(ブローカ中枢)の損傷により生じるものであり,読み書きは低下し,流ちょうさに欠け,発話量減少,発話速度低下,長さ短縮,発話開始の遅れが特徴である。また,伝導失語は,側頭葉と前頭葉とを結ぶ神経束である弓状束が,ウェルニッケ中枢とブローカ中枢との連絡路になっているため,左頭頂葉前下部(縁上回)の損傷によって,同時に弓状束も損傷されることにより生じるものであり,流ちょう型で理解障害はないが,錯語が多く,復唱が目立って悪いのが特徴である。かかる伝導失語は,純粋な型で見られることはまれであり,ウェルニッケ失語の回復期に見られることが多いとされる(甲35の添付文献1)。
   オ 本件における脳血管とその灌流域(<証拠略>)
 本件においては,中大脳動脈の血管が問題となっているところ,中大脳動脈には12の皮質枝があるとされている。具体的には,@前頭葉には眼窩前頭動脈,前前頭動脈,前中心動脈,中心動脈が,A頭頂葉には前頭頂動脈,後頭頂動脈のほか,角回動脈が,B側頭葉,後頭葉には側頭後頭動脈,側頭極動脈のほか,前,中,後側頭動脈が灌流している(なお,皮質枝の各動脈を,眼窩前頭枝,前前頭枝というように呼称する場合もあるが,本件においては,眼窩前頭動脈,前前頭動脈というように表記する。)。

タイトル
お名前
email
ご感想
ご確認 上記内容で送信する(要チェック


 


   ホーム > 医療 > 医学的知見 > 脳動脈瘤、高血圧性脳症、失語症