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心タンポナーデ

【平成20年 2月29日 京都地裁 判決 <平18(ワ)1394号>
 一部認容
 要旨
 被告の設置する病院に入院中に、心タンポナーデを発症して死亡した患者の遺族らが損害賠償を求めた事案において、被告病院の医師らには、患者が心タンポナーデを発症し、ショックに陥った後、直ちに心嚢液の排液措置をとるべき義務を怠った過失があると認め、過失と患者の死亡との間に因果関係を認めることはできないが、同過失がなければ患者が実際に死亡した時点においてなお生存していた相当程度の可能性があるとして、被告に、慰謝料等合計1100万円の支払いを命じた事例
 出典
 裁判所サイト】から


  (3) 医学的知見等について
   ア 心タンポナーデについて
    (ア) 心タンポナーデとは,心嚢内に貯留した血液等の液体(まれに空気)により心拡張が著しく制限され,循環異常をきたした病態をいう。循環異常をきたしていない単なる心嚢液貯留とは区別される。心嚢液貯留は,心タンポナーデに発展する場合もあるが,心嚢液が体腔に吸収され軽快する場合も多い。循環異常をきたしていない単なる心嚢液貯留は,特異的な身体所見や検査所見に乏しく,心エコー検査又は胸部CT検査を実施しない限り診断できない。(甲B1,乙B2)
    (イ) 心タンポナーデの原因としては,ウイルス,心膜炎,外傷等,様々なものがある。
    (ウ) 心タンポナーデの理学的所見としては,Beckの3徴(軽静脈の怒張,血圧低下,心音の減弱),奇脈(自発吸気時の収縮期血圧の生理的低下が10mmHgを超える場合),Kussmaulサイン(自発呼吸下の吸気時の中心静脈圧の上昇),中心静脈圧が上昇しているのにもかかわらず脈圧が30mmHg以下であるという所見等があげられる。(甲B1)
    (エ) 心嚢液貯留ないし心タンポナーデの検査所見としては,心エコー検査がもっとも有力である。心嚢液貯留によるエコーフリースペースを認める。胸部CT撮影でも心嚢液の貯留を確認できる,胸部X線撮影では,心嚢液貯留のための心陰影の拡大が認められる。(甲B1)
    (オ) 心タンポナーデの治療の根本は,心嚢液の排除である。排除の方法としては,心嚢穿刺(胸骨剣状突起左側から横隔膜を経て左肩方向に穿刺し,心嚢腔に穿刺針を到達させ,心嚢液を吸引する。心腔内穿刺,心筋損傷,冠動脈損傷,内胸動静脈損傷,肺損傷,肝動脈損傷等の合併症の危険がある。),心嚢開窓術(剣状突起より下方に約5cmを切開し,胸骨裏面を剥離して心嚢に達し,心嚢を切開して排液する。右気胸,不整脈等の合併症の危険がある。),開胸手術(胸骨を縦切開して心嚢に達し,心嚢を切開して排液する。)等がある。心嚢液が徐々に貯留した場合は,数リットル貯留しても循環異常が生じない場合があるが,急速に貯留した場合は100ミリリットル程度であっても循環異常が生じ,急速に心停止に至る場合があるので,緊急を要する。(甲B1,2,8)

   イ 外傷初期診療について
 外傷の初期診療については,日本救急医学会がガイドライン(以下「JATEC」という。)を定めている。その中には,次の趣旨の記載がある。(甲B1,7,乙B1,7)
    (ア) 患者を受け入れると,A(気道),B(呼吸),C(循環),D(意識),E(体温)を素早く評価して,第1次検査(Primary survey)を行い,緊急度の全体像を把握し,必要な場合は蘇生を行う。Primary surveyにおいて,患者のモニタリングを開始する。心電図,パルスオキシメータ,血圧測定装置の装着は必須であり,ABCのいずれかに異常を認めるか,Dの異常のために気管挿管を行った場合には,胸部X線写真を撮影する。また,Cに異常を認める患者に対しては,FASTを行う。
    (イ) Primary surveyにおいては,致死的な胸部外傷病態に対して,適切な観察と検査から診断し,迅速な対応を行うが,その中には,心タンポナーデが含まれる。第2次検査(Secondary survey)においては,Primary surveyと蘇生の段階では顕著な所見を示さないが,見落とした場合には致命的となる大動脈損傷,その他の病態を診断し,適切な治療法を選択する。

   ウ 心電図について(甲B6,乙B6)
    (ア) 心電図とは,心臓の電気的活動を記録したものである。
    (イ) 心電図の波形には,P波,Q波,R波,S波,T波という呼称が用いられる。P波とは心房の興奮過程を,Q波は心室中隔の興奮過程を,R波は心室筋の興奮過程を,S波は電極の位置とは反対側の心室筋の興奮過程を,T波は心室の興奮過程が終了した後の電気的回復過程を表している。T波の後の心臓の静止状態を表す直線部分を基線という。
    (ウ) S波の終了部分からT波の開始部分までのほぼ水平の部分を「ST」という。「ST上昇」「ST下降」とは,基線との比較で,STが上昇していること,あるいは下降していることをいう。一般に,心筋の表面に虚血が起こっている場合にはST上昇がみられ,心筋の内側に虚血が起こっている場合にはST下降がみられる。

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