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救急救命処置、肺動脈血栓塞栓症

【平成20年 2月28日 東京地裁 判決 <平17(ワ)6023号>
 請求棄却
 要旨
 手術後初回のトイレ歩行時に倒れた際、医師らが肺動脈血栓塞栓症によるショック状態に対する処置や、その後に出血源の検索や止血措置をせず、アクチバシン(血栓溶解剤)を投与したことに過失があるかが争われた事案につき、転倒の原因疾患としては、肺動脈血栓塞栓症のほか、くも膜下出血等の頭蓋内病変等も考え得るから、医師らの措置に過失はないし、出血傾向が見られた患者に禁忌とされるアクチバシンを投与したことについても、肺動脈内の広範な血栓を緊急に除去すべき必要性があったから、医師が医薬品の添付文書に記載された使用上の注意事項に従わなかったことについて特段の合理的理由が認められるとした事例
 出典
 ウエストロー・ジャパン】から

 2 医学的知見
 証拠(甲B8,10ないし26,41,43,44,52,54,55,71ないし74,77ないし80,83,89,103,107ないし110,116,117,乙A9ないし11,14,乙B1,2,7,10,証人D,証人G,証人C,証人E,証人F,鑑定の結果)によれば,平成14年当時の医学的知見について,次のとおり認めることができる。

  (1) 救急救命処置に関する医学的知見
   ア 急変患者一般に対する救急救命処置
 患者が突然急変した場合の救急救命処置としては,まず脈拍,呼吸,血圧,体温といったバイタルサインの観察や意識レベルの判定を行いながら,救急蘇生のABC,すなわち,気道管理(Airway),呼吸管理(Breathing),循環管理(Circulation)と並行して検査等による原因の検索及び治療を行っていくのが一般的であるとされる。もっとも,救急救命の場においては,診断と治療が並行して行われなければならない場合が少なくなく,そのような場合においては,上記バイタルサインのチェックやスクリーニング検査の必要性・緊急性の程度,測定や検査に要する時間やこれによって得られるメリットなどを総合的に考慮し,いわゆる五感を働かせて,できる範囲内において患者の状態を判断し,治療を開始していくこととなる。

   イ 救急救命の医師をコールする時期
 各施設における救急救命医の役割・立場は,平成14年当時のみならず,現在においても統一されておらず,その緊急招集の体制やコールの時期に関する基準は,各施設によって異なっており,いまだ一般的に普及・整備されていない。現在,上記の体制が構築されている病院であっても,基本的にはその場に居合わせた医師又は受け持ち科の医師が対応し,心肺停止時など,対応が難しいと判断した場合に救急救命の医師をコールするのが通常とされる。

   ウ 閉胸式心臓マッサージ
 閉胸式心臓マッサージは,心停止の傷病者に対して胸骨を圧迫することで,生命維持に必要な血液循環を確保する救急処置の一つであり,その合併症としては,肋骨・胸骨骨折,肺損傷,内臓損傷(肝臓,脾臓など)が起こり得るとされている。

  (2) 肺動脈血栓塞栓症(慢性を除く)

   ア 意義及び症状
 肺動脈血栓塞栓症(肺塞栓症,肺血栓塞栓症,エコノミークラス症候群などとも言われる。)とは,静脈や心臓内で形成された血栓が遊離して,急激に肺血管を閉塞することによって生じる疾患である。
 症状としては,呼吸困難,胸痛,頻脈が現れることが多いとされるが,その他にも冷汗,失神,動悸など多様な症状が現れるとされ,診断に当たって特異的な症状というものはない。

   イ 診断及び治療方法
 肺動脈血栓塞栓症については,平成16年になって,日本循環器学会,日本心臓病学会等の複数の学会による合同研究として,「肺血栓塞栓症および深部静脈血栓症の診断・治療・予防に関するガイドライン」(甲B39)が発表されたが,平成14年当時は,診断や治療手順について,明確な基準やコンセンサスが得られたものはなかった(甲B110)。

 (ア) 診断
 肺動脈血栓塞栓症は,症状が非特異的であり,同様の症状を伴う疾患(急性心筋梗塞,肺炎,大動脈瘤,胸膜炎など)との鑑別も必要となることなどから,一般に診断は困難であるとされる。そのため,患者に胸痛や呼吸困難などが認められたときには,他の疾患のみならず,鑑別すべき疾患として本症を疑うことが重要であるとされる。
 肺動脈血栓塞栓症の診断のためのスクリーニング検査としては,動脈血ガス分析,胸部レントゲン,心電図,心エコーなどが挙げられているが,いずれも直ちに確定診断に結びつくものではなく,いわば補助診断にすぎないとされており,確定診断のためのゴールドスタンダードは肺動脈造影であるとされる。

 (イ) 治療方法
 肺動脈血栓塞栓症の治療方法は,抗凝固療法(ヘパリンの投与等),血栓溶解療法,外科的な血栓摘除術などが挙げられている。
  a 血栓溶解療法については,出血の合併症のリスクが指摘されているが,血栓が早く溶解され,症状・血行動態の改善が早期に得られることや,静脈血栓も消失させ再発が少ないことなどから,有用・有効であるとされ,積極的な治療が優先される重症例(ショックや低血圧が遷延する血行動態が不安定な例など)で迅速な血栓除去を目的として行うものとされている。
 そして,血栓溶解療法に関するこのような治療方針は,平成16年の前記「肺血栓塞栓症および深部静脈血栓症の診断・治療・予防に関するガイドライン」(甲B39)中に,「急性肺血栓塞栓症の急性期で,ショックや低血圧が遷延する血行動態が不安定な例に対しては,血栓溶解療法を施行する」ことが「ClassT(検査・治療が有効,有用であることについて証明されているか,あるいは見解が広く一致している。)」と記載され,平成16年の上記ガイドラインにおいても推奨されている。
  b 肺動脈血栓塞栓症に対するPCPSの適応は,いまだ十分確立されているとはいえないものの,すべての肺動脈血栓塞栓症に対して使用されるべきとは考えられておらず,心肺停止に至るような患者で,通常の蘇生法に反応せず,可逆性(何らかの処置によって心機能の回復が得られる可能性があり,かつ時間的に脳蘇生の可能性のある)病態に対して使用されることもあるにとどまる。

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