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急性肺血栓塞栓症

【平成20年11月25日 大阪地裁 判決 <平18(ワ)6571号>
 請求棄却
 要旨
 呼吸困難等を訴えて救急車で搬送された患者を診察した夜間救急外来の当直医が、当該患者について、急性肺血栓塞栓症を疑わず、原因疾患の鑑別診断のための検査を行わなかったことが、担当医師に求められる注意義務に反するとはいえないとされた事例
 出典
 裁判所サイト】から

 2 医学的知見(甲B1〜3,7,乙B1,2,4,鑑定の結果)
  (1) 急性肺血栓塞栓症の病態
 同疾患は,静脈,心臓内で形成された血栓が遊離して,急激に肺動脈及びその分枝を閉塞することにより血流が途絶して生じる疾患である。同疾患は,肺動脈の閉塞による循環虚脱と換気血流不均等分布による急性T型呼吸不全(高炭酸ガス血症を伴わない低酸素血症)が主たる病態であり,急激な肺高血圧が生じると右室不全から低心拍出量症候群,ショックとなり,急性死に至ることもある。
  (2) 急性肺血栓塞栓症の原因,危険因子
 同疾患の塞栓源は,主に下肢及び骨盤内の深部静脈血栓である。肺血栓塞栓症の危険因子は,@血流の停滞(うっ滞),A血管内皮障害,B血液凝固能の亢進である。
  (3) 急性肺血栓塞栓症の診断
 同疾患は致死性の疾患であることから,これを疑った場合はできるだけ早急に診断するよう心掛けるべきであるとされている。同疾患は,身体症状,身体所見,一般検査所見において特異的なものがないことから,診断は困難であるとされている。
   ア 臨床所見
    (ア) 自覚症状
 急性肺血栓塞栓症と診断できる特異的なものはないが,突然の呼吸困難や胸痛を訴える頻度が高い。呼吸困難は,突発的で頻呼吸を伴うことが多い。これらの他に,強い全身倦怠感,動悸,失神,冷汗,咳嗽,血痰等が認められる。呼吸困難と胸痛を示す疾患には,急性心筋梗塞,大動脈解離,気胸,肺炎,胸膜炎,慢性閉塞性肺疾患,同疾患の悪化,胸腔内腫瘍,心不全等があり,これらを鑑別する必要があること,他に説明ができない突然の呼吸困難で,危険因子がある場合には,急性肺血栓塞栓症を鑑別診断に挙げなくてはならないとされている。
    (イ) 身体所見として頻呼吸,頻脈,頸静脈怒張,ショック・低血圧等がある。胸部聴診所見として,Up音亢進,V音,W音を認めるとするものがあるが,特異的なものはないとされている。
   イ 検査所見
    (ア) 心電図
 右側胸部誘導(V1〜V3)における陰性T波が多く見られる。また,不完全右脚ブロックやT誘導におけるS波,V誘導におけるQ波及び陰性T波がよく知られているが,頻度は必ずしも高くない。しかし,急性肺血栓塞栓症に特異的な心電図所見は存在しない。
    (イ) 胸部レントゲン
 心胸比拡大,肺動脈の拡大,胸水貯留,閉塞肺動脈領域の透過性亢進を認めることがあるが,ほぼ正常であることが多く,診断に直接結び付く特異的な所見はない。ただし,胸部レントゲン検査は,低酸素血症を招く他の心肺疾患との鑑別に役立つことがある。
    (ウ) 一般血液検査
 特異的な所見はない。白血球,LDH又はASTが上昇したり,赤沈が亢進することがある。また,FDP(蛋白分解酵素の作用で血液凝固により生じたフィブリンが分解されて生じる物質),D−ダイマー値(フィブリン形成後の線溶の指標)は,炎症を含む様々な病態で上昇するため,肺血栓塞栓症の証明には不向きであるが,これらが正常値であった場合は,同疾患の発症を否定的にとらえることができる。
    (エ) 血液ガス
 低酸素血症を認めることが多い。過換気のために低炭酸ガス血症を認めることも多い。
    (オ) 心エコー
 簡便で実用的な方法であり,肺血栓塞栓症の検査手順として有用であるとされている。右室拡大,心室中隔の奇異性運動,三尖弁逆流,下大静脈の拡大等の右室負荷の所見が認められる。
    (カ) 肺血流シンチグラム
 血流の欠損を認める一方で,換気は正常かやや低下する所見(換気血流不均等)が認められることがある。ただ,特異性が低いとの批判があり,確定診断に関する同検査の評価は一定していない。
    (キ) 肺動脈造影
 確定診断に最も有用な検査方法である。肺血管内の造影欠損や血流途絶像が主要所見である。肺動脈圧や右室圧等の測定も可能であり,急性肺血栓塞栓症の重傷度の評価に役立つ。
  (4) 治療
 急性肺血栓塞栓症の治療は,肺血管床の減少により惹起される右心不全及び呼吸不全に対する急性期の治療と,血栓源である深部静脈血栓症からの同疾患の再発予防のための治療とに大別される。可及的速やかに治療を開始することが原則である。
   ア 呼吸循環の管理
 ショックを伴う症例では,強心薬の投与を少量から開始する。高用量の酸素を投与し,それでもなお低酸素血症が持続する場合は,気管内挿管を考慮する。
   イ 抗凝固療法
 まず,肺動脈内,塞栓源における新たな血栓の生成を予防するとともに,血栓により分泌される神経液性因子の放出を阻止することにより肺血管,気管支の攣縮を抑制し,肺高血圧,低酸素血症を改善するために,ヘパリンを投与する。
   ウ 血栓溶解療法
 血栓溶解薬としてt−PA又はウロキナーゼが用いられる。適応は,急性の血行動態異常(低血圧,低酸素血症又は明らかな右室負荷)を示す場合とされる。出血の副作用があることから,脳血管障害,消化管出血,最近の手術や外傷の既往,出血性素因の有無等の確認が必要である。
   エ 下大静脈フィルター
 下大静脈の腎静脈直下に金属製のフィルターを恒久的に留置して塞栓子の移動を予防する治療法であり,下肢や骨盤の血栓が再度肺血管へ移動することを予防するものである。適応は,@抗凝固療法の禁忌例,A肺血栓塞栓症の再発例,Bハイリスク患者(広範又は進行性の静脈血栓),C肺動脈血栓摘除術後の症例等であるとされる。
   オ 血栓除去
 経カテーテル的血栓吸引,破砕や肺動脈血栓摘除術により,血栓を除去する治療である。

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