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くも膜下出血

【平成19年 4月24日 東京地裁 判決 <平12(ワ)24872号>
 請求棄却
 要旨
 当直医が適切な問診を怠った結果くも膜下出血を見落とした、担当医が手技を誤り脳梗塞を生じさせたなどとして逸失利益等の支払を求めた事案において、原告が深夜に自宅で頭痛を訴えて被告病院に搬入された時点で既にくも膜下出血が発症していた可能性は相当程度うかがえるものの、原告が自らの頭痛の態様について積極的に伝達していなかったこと等からすれば当直医の問診等が不適切だったとはいえないとし、さらに、その後原告が再出血して被告病院に搬入された際の開頭クリッピング術において脳血管の血流が阻害された可能性は否定できないものの、脳梗塞が生じていない以上、本件クリッピング術と原告の失語症との間の因果関係が認められず、また、担当医が本件クリッピング術後の適切な経過観察を怠ったともいえないとして、原告の請求を棄却した事例
 出典
 ウエストロー・ジャパン】から


  (2) 本件に関する医学的知見等

   ア くも膜下出血について(甲4ないし甲8,甲10ないし甲18,甲21,甲22,甲26,甲27,甲30,甲53,甲54,甲57,甲59,甲80,甲81)

 (ア) 病態
 くも膜下出血(subarachnoid hemorrhage,SAH)は,何らかの原因(その70から80パーセントは,後述する脳動脈瘤破裂により生じる。)で,本来は脳脊髄液が存在するくも膜下腔に出血が起こるものであり,頭全体から後頭項部にかけて,激しい頭痛が生じるのが特徴である。
 一般に,くも膜下出血が発症した場合には,これまでに経験したことのないような激しい頭痛に見舞われ,嘔気や嘔吐が伴うことも多い。また,頭痛の開始時に意識消失発作が見られることも多く,それ以外にも,羞明や網膜前出血のほか,髄膜刺激症状として,項部硬直,Kernig徴候ブルジンスキ徴候を認めることも多い。また,痙攣が見られることもある(甲26)。

 (イ) warning leak
 くも膜下出血をもたらす脳動脈瘤破裂による出血の前にも,突然の頭痛発作が自覚されることがある。この頭痛は,脳動脈瘤からの小出血(minor leak)であろうという考えから,warning leakと呼ばれている(なお,この症状は,動脈瘤が増大することのほか,動脈瘤に関与している血管の虚血症状により生じる場合もある,甲27)。この warning leakにおける頭痛も,くも膜下出血の場合と類似しており,今までに経験したことがない突発性の頭痛と表現されることが多いほか,嘔気・嘔吐,意識消失発作,項部硬直や項部痛等の症状が随伴することもあるものの,概して局所神経所見や髄膜刺激症状,意識障害が見られず,あっても一過性のものとなる場合も多い。そのため,warning leakは,単なる頭痛や感冒として見逃されることも少なくなく,また,脳出血や髄膜炎等との鑑別が難しい場合もあるとされている(甲18,甲59)。
 このようなminor leakは決して稀な病態ではなく,破裂脳動脈瘤例のうち,Wagaらは192例中113例(59パーセント),Okawaraは112例中54例(48.2パーセント),Leblancは87例中34例(39.1パーセント),藤田らは550例中68例(12.4パーセント)にminor leakを認めたと報告している。
 このwarning leakから大出血までの期間に関しては,2時間から4週間程度(2日から7日が最多)であることが多いとされている(甲18)。
 また,Leblancによれば,minor leak例の55パーセントでは,CT上くも膜下出血の所見を認めなかった旨報告されている(甲16)。

 (ウ) 具体的な診断方法
  a くも膜下出血の確定診断のためには,その典型的な臨床症状である頭痛の態様を把握する必要がある。
 頭痛は,片頭痛,緊張型頭痛等の機能性頭痛と,くも膜下出血等の脳血管障害や脳腫瘍に伴って起こる器質性頭痛に分けられるところ,これらの鑑別には,まずもって,患者に対する問診が重要であり,具体的には,頭痛の発症の仕方,部位,強さ,性状,前兆,随伴症状,内服薬の有無,病歴等を問診する。さらに,一般の身体所見として,視診,触診,打聴診,体温・血圧測定を行う。
 その後,神経学的所見として,意識状態,髄膜刺激症状,局所神経症状,眼底所見等をとる。このうち,髄膜刺激症状としては,項部硬直の有無を確認することが重要であるが,くも膜下出血では,発症直後や少量の出血例,高齢者では,項部硬直が明らかでないことも多い。
 局所神経症状として,眼瞼下垂や眼球運動障害のチェックが必要とされ,脳動脈瘤が存在するときには,一側の眼瞼下垂に内・上・下転障害が見られるほか,瞳孔散大を伴う。また,眼底検査により,網膜前出血が見られた場合には,くも膜下出血が疑われる。その他,落下試験,肢位異常,深部反射の左右差,病的反射の有無によって,くも膜下出血等を原因とする器質性頭痛の場合に見られる片麻痺の有無を確認する。
  b そして,上記のような診察の結果,臨床的にくも膜下出血が疑われた場合には,現在では,神経学的補助検査として,最初に頭部CT検査を行うとされる。ただし,初期のくも膜下出血では,CT検査によってもその所見が認められないこともあり,なおも臨床的にくも膜下出血が疑われる場合には,MRIのFLAIR法が有効である場合があるほか,髄液検査を目的とする腰椎穿刺を行うべきとされる。
 その後,くも膜下出血との診断が得られると,出血原因の検索に進むが,くも膜下出血は,脳動脈瘤破裂を代表とした脳血管異常に起因するものが多いため,脳血管撮影を行うのが通常である。

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