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インフルエンザ脳症

以下の判例から
平成19年 9月20日 東京地裁 判決 <平18(ワ)1083号>
一部認容
事案
インフルエンザに罹患したB(以下「B」という。)が,被告共立湊病院組合(以下「被告組合」という。)の運営する共立湊病院(以下「被告病院」という。)で診療を受けた後,死亡したことにつき,Bの相続人等である原告らが,被告病院医師及び看護師には,@ボルタレン投与に関する注意を怠った義務違反,A経過観察,治療継続を怠った義務違反,B予備的に転送義務違反があったと主張して,被告組合に対しては診療契約に基づく債務不履行(不完全履行)責任又は不法行為責任(使用者責任)に基づき,その余の被告らに対しては不法行為責任に基づき,損害の賠償を求めた事案
出典 ウエストロー・ジャパン

 2 医学的知見
 後掲証拠によれば,インフルエンザ脳症に関して,以下の医学的知見が認められる。

  (1) インフルエンザ脳症をめぐる議論
 インフルエンザ脳症は,「インフルエンザに伴う急性の意識障害」などと定義されるインフルエンザ発病後の急速な病状の進行と予後の悪さを特徴とする疾患である(乙B7別紙文献3・6頁)。
 我が国では,「厚生省インフルエンザ脳炎・脳症研究班」(現「厚生労働省インフルエンザ脳症研究班」,以下「厚生労働省研究班」という。)により,平成10年から「インフルエンザの臨床経過中に発生する脳炎・脳症の疫学及び病態に関する研究」が進められ(甲B7,乙B7別紙文献3),その調査,研究結果を踏まえて,本件診察時までに,以下のような報告,議論がされた。

   ア インフルエンザ脳症の疫学(甲B6・269頁,甲B7・6頁,甲B8・87,88頁,乙B1・1954,1955頁,乙B2・2006ないし2011頁)
 発症年齢は,5歳以下の乳幼児が全体の約85%を占め,成人は少ない。発熱から1日以内の神経症状の出現が80%を占め,症状の中では,けいれんが70〜80%に認められる。
 また,1998/1999年シーズン,1999/2000年シーズンにおける死亡例は約30%,2000/2001年シーズンの死亡例は14%,2001/2002年シーズンの死亡例は16%であった。

   イ 臨床像,病態仮説(乙B1・1955ないし1958頁,乙B2・2009ないし2011頁)
 突然の発熱に始まり,極めて短時間のうちに,けいれん,意識障害などの中枢神経症状を呈し,その後急速にDIC(播種性血管内凝固症候群),やや遅れて腎不全,膵炎,多臓器不全に至る。この経緯は血液検査所見にも反映し,意識障害の進行と時間経過に伴い,血小板減少・FDP−E増多(DICの進行),AST・LDH・CKの上昇(組織障害の進展),ALT上昇・BUNとクレアチニン上昇(腎不全),アミラーゼ上昇(多臓器不全)などを認めるようになる。
 また,頭部CTにて画像解析のできた例の共通点は著しい脳浮腫を認める。
 中枢神経系内の事象は,鼻粘膜でのウイルスの感染・増殖→側頭葉,辺縁系の機能亢進→glia細胞の活性化→脳内cytokine stormと経過し,サイトカインの上昇により神経障害や全身性病変(DIC,多臓器不全)が導かれることが推定される。

   ウ 治療法
 厚生労働省研究班は,平成12年11月,「現在までに本症に有効な治療法は,未だ確立していないのが現状」としつつも,「諸施設において,何例か経験されたり,現在考えられている本症の病態から考えて,他の疾患の経験から有効性が類推されている治療法」(甲B7・8頁)として,以下の内容を含む「インフルエンザ脳炎・脳症の特殊治療(試案)」(甲B7・8ないし26頁)を発表した。
 (ア) それぞれの段階で用いられる可能性のある治療法
  a PhaseT(インフルエンザウイルスの感染,増殖段階)から:抗ウイルス薬
  b PhaseU(脳炎・脳症の発症段階)から:ガンマグロブリン大量療法,ステロイド・パルス療法,脳低体温療法,アンチトロンビン(AT)V大量療法
  c PhaseV(全身症状の悪化,細胞死・組織障害の進行段階)から:血漿交換療法
 (イ) ガンマグロブリン大量療法
  a インフルエンザ脳炎・脳症の発症初期に適応があると思われる。
  b インフルエンザ脳炎・脳症の病態とされる高サイトカイン血症に対する効果が推察される。
 (ウ) メチルプレドニゾロン・パルス療法
  a 意識障害の遷延化(6時間以上)等をみた場合,適応が考えられる。
  b 脳浮腫の改善,高サイトカイン血症の改善,病態としての血液貧食症候群状態の改善効果が期待される。
(続く)

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