ホーム > 医療 > 医学的知見 >  

頭蓋内圧亢進、脳ヘルニア、髄膜腫

以下の判例から
平成19年 8月31日 神戸地裁 判決 <平15(ワ)436号>
一部認容、確定
要旨
原告が、大学付属病院において髄膜腫の摘出手術を受けたところ、手術中に内頸動脈の内側部より出血し、脳梗塞並びに左片麻痺及び失語の症状が生じたとして、病院を設置する被告に対し、不法行為責任等に基づき損害賠償の請求をした事案において、医師には内頸動脈付近まで腫瘍を切除しようとした過失があるなどとして病院側の損害賠償責任を認め、請求の一部を認容した事例
出典 判時 2015号104頁


 二 医学的知見
 《証拠省略》によれば、以下の医学的知見を認めることができる。本件手術当時の医学的知見であったかどうか不明な知見については、当該知見が記された文献の出版年又は出版年月を示す。

  (1) 頭蓋内圧亢進及び脳ヘルニアについて
   ア 頭蓋腔内は、一定の圧が保たれているところ、頭蓋内圧は、脳実質、血液、脳髄膜液のいずれかが増量した場合に、ほかが減少するという機序で一定に圧を保つ作用が働いている。しかし、何らかの原因でその限度を超えると、急激に内圧が高まる頭蓋内圧亢進という状態になる。頭蓋内圧亢進が高度になると、初期には、頭痛・嘔吐のみであるが、次第に進行して脳ヘルニアを起こす段階に及び、意識障害、けいれん、除脳硬直などを呈し、ついには呼吸停止から死に至る。
   イ 慢性頭蓋内圧亢進を来すと、頭痛、嘔吐、うっ血乳頭、脳神経障害、めまい、耳鳴りなどが生じる。
   ウ 脳ヘルニアは、頭蓋内圧亢進による脳組織の偏位、移動であるが、脳ヘルニアが頭蓋内圧亢進を進行させ、悪循環を招くこととなる。
   エ 腫瘤の増大がゆっくりしている髄膜腫などの良性腫瘍の場合には、症状の見られないことがまれならずある。

  (2) 髄膜腫及び髄膜腫摘出術一般について
   ア 治療方法は、手術により付着硬膜を含めての全摘出が可能であり、その場合には、根治できる。発生部位によって全摘出が不能な場合でも、発育が緩徐なため、有意義な生活を送ることが比較的長期にわたり可能である。
   イ 髄膜腫は、通常、小さなものでも硬膜に強固に付着しているので、円蓋部、大脳鎌や天幕の遊離部、脳室内の腫瘍を除いて、Simpson grade Tの手術は不可能と考えた方がよい。硬膜は無論のこと、脳や架橋静脈に癒着している腫瘍を摘出する努力は重要である。しかし、髄膜腫の発育は緩徐なものがほとんどであり、手術後の実生活に支障を来すような機能不全を絶対に起こさない努力も大切である。(甲B二(平成一一年)・八八頁)
 ここにいう Simpson gradeのgrade Tは、腫瘍を肉眼的に全摘出し、硬膜付着部と異常骨を切除した状態であり、同Uは、腫瘍を肉眼的に全摘出したが、硬膜付着部は電気凝固にとどめた状態、同 Vは、腫瘍を肉眼的に全摘出したが、硬膜付着部及び硬膜外伸展部は未処置とした状態、同Wは部分摘出に止まった状態であり、同Xは減圧のみを行った状態である。
   ウ 病理組織学的悪性度を除くと、外科的摘出度が術後再発率、生存率に最も大きく関与しており、Simpson grade Tの五年再発率は〇パーセントであったが、同Uは五パーセント、同Vは二二パーセント、同Wは四五パーセントとする調査結果もある一方、それぞれ順に六パーセント、九パーセント、二九パーセント、三九パーセントとする調査結果もある。

  (3) 蝶形骨縁髄膜腫摘出手術の適応及び適応範囲について
   ア 蝶形骨縁内側の髄膜腫は、視交叉部、眼窩、眼窩裂、海綿静脈洞や内頸動脈に密接しており、視床下部にも近接しているため手術手技上一番摘出が困難である。そして、外側の髄膜腫に比べて、腫瘍が、単なる圧迫でなく、腫瘍組織内に視神経や腫瘍血管を完全に埋没させてしまっていることも少なくないため、これらの組織を傷つけずに腫瘍を摘出することが非常に難しいことから、手術は困難であり、視神経、内頸動脈を十分確認することが困難な場合は、その部分の腫瘍の摘出をあきらめるべきである。なお、かかる記載がある論文が初収されたのは、昭和四九年のことである。
   イ 被告病院のある医師が、昭和五六年から平成一一年までに行った内側型蝶形骨縁髄膜腫のうち、腫瘍が硬く、内頸動脈を巻き込んでいる二症例については、一症例は死亡し、一症例は亜全摘出を行った。このことから、腫瘍が硬く、内頸動脈を巻き込んでいる場合には、主要血管の損傷に注意しながら、亜全摘出とし、術後に放射線治療を追加する必要があるといえる。
   ウ 髄膜腫の治療の原則は腫瘍の全摘出であるが、蝶形骨縁内側三分の一に発生した大きな髄膜腫では、内頸動脈を巻き込んでいたり、視交叉部との解剖学的位置関係、海綿静脈洞内への浸潤具合などから亜全摘出で引き下がらなければならないことも少なくない。
   エ 頸動脈槽を覆い込んで内頸動脈の一部の上方にある前床突起の上ないし外側から発生する腫瘍については、腫瘍が浸潤していないくも膜が存在することから、腫瘍に覆い囲われていても、腫瘍から視神経等を剥離、開放することが顕微鏡下においては、比較的容易である。
   オ 蝶形骨縁髄膜腫については、MRIの導入により、術前に正確に腫瘍の位置関係をとらえることができるようになったほか、顕微鏡手術、血管内手術による栓塞術の進歩、超音波吸引装置やレーザーなどの手術機械やニューロナビゲーター導入により手術成績は確実に向上し、全摘出率は増加し、死亡例は非常に減少している。
(続く)
タイトル
お名前
email
ご感想
ご確認 上記内容で送信する(要チェック


 


   ホーム > 医療 > 医学的知見 > 頭蓋内圧亢進、脳ヘルニア、髄膜腫