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敗血症・敗血症性ショックなど

以下の判例から
平成18年12月25日 東京地裁 判決 <平16(ワ)8900号>
請求棄却
要旨
被告東京都の開設する病院において感染症の増悪により死亡した患者の遺族が、担当医師において早期に細菌感染症の発症を疑い、適切な鑑別診断を実施するなどして同疾患を発見し、これに対する治療を開始すべきであったのにこれを怠ったなどと主張して損害賠償の支払を求めた事案につき、患者において感染症を疑わせる顕著な所見や検査結果はなかったから、担当医師らにおいて、感染症を疑ってさらなる検査や治療を行う義務はなく、また、感染症の可能性があることを前提とする説明義務違反もなかったとされた事例
出典 ウエストロー・ジャパン

  (7) 本件に関連する医学的知見

   ア 不明熱(甲B1,乙B7の6)
 発熱の原因のつかめないものを不明熱(Fever Unknown Origin。「FUO」ともいう。)といい,近時の検討によれば,不明熱の原因疾患としては,感染症が32%,悪性腫瘍が24%,膠原病が16%,肉芽腫性疾患が5%,炎症性疾患が5%,その他が8%,診断不能が9%という報告がされている。
 不明熱の原因疾患となり得る感染症としては,粟状結核を含めた結核,感染性心内膜炎が最も注意すべき疾患であり,その他ウイルス性感染症(EBウイルス,サイトメガロウイルス,HIV)等も考慮すべきであるとされている。また,悪性腫瘍では,悪性リンパ腫が最も頻度が高いが,腎細胞がん,胃がん,乳ガンの転移などもある。結合組織疾患では成人スチル病,大動脈炎症候群,多発性動脈炎等の血管炎症候群が注意すべき疾患であり,その他に,クローン病,サルコイドーシスなどの肉芽腫性疾患,壊死性リンパ節炎,薬熱などがある。

   イ 敗血症・敗血症性ショック(甲B1,12,乙B3,7の7,9,弁論の全趣旨)
 (ア) 敗血症とは,感染が惹起した全身性の過度の炎症反応であり,血管内皮障害を共通の基礎病態とする全身性炎症反応症候群(systemic inflammatory response syndrome。以下「SIRS」ともいう。)に含められている。敗血症は,臓器機能障害,低灌流あるいは低血圧を合併して重症敗血症(低灌流と灌流異常は乳酸アシドーシス,乏尿ないし精神状態の急性変化を含むが,これだけに限定されない。),敗血症性ショック(血圧低下,精神症状,顔面蒼白,四肢冷感,末梢血管の虚脱,著明な頻脈,脈拍微弱,乏尿,乳酸アシドーシスといった一般的なショック症状(急性循環不全症状)のほか,これだけに限定されない灌流異常の存在を伴って適切な輸液に反応しない敗血症起因性低血圧。強心薬ないし昇圧薬を投与されている患者は灌流異常をみても低血圧を示さないことがある。)を経て,多臓器機能障害症候群(MODS。急性疾患患者において無治療では恒常性を維持し得ないほどの臓器機能の変化が存在するもの。)へと重篤化するところ,重症敗血症は敗血症性ショックの発端として予後の分岐点に位置づけられている。敗血症性ショックに陥れば,症例の半数から3分の2は急速に致死的経過をたどるとされている。
 (イ) 敗血症及びSIRS診断基準
 SIRSの一般的な診断基準は,下記のとおりと理解されている(以下,この基準を「SIRS診断基準」という。)。
   記
  @ 高ないし低体温(>38℃ないし<36℃)
  A 頻脈(>90
分)
  B 頻呼吸(>20
分)や低炭酸ガス血症(PaCO2<32mmHg)
  C 白血球の増多ないし減少(>12,000μlや<4,000μl)ないし核左方移動(桿状核好中球>10%)
 以上のうち2ないしそれ以上の項目に該当すること
 (ウ) 細菌性ショック
 全身性の細菌感染症に起因するショック(当該細菌が産生するエンドトキシンによるエンドトキシンショックを含むこともある。)を一般に細菌性ショックといい,このうち細菌感染症が敗血症である場合のショックを上記のとおり敗血症性ショックという。
 細菌性ショックについては,SIRS診断基準とは別個に,下記の診断基準のほとんどがそろえば診断は容易であるとする見解もあるが,臨床上も細部では意見が分かれている。
   記
  @ 発熱(≧38.5℃)
  A 頻脈(≧90
分)
  B 血圧低下(≦90mmHg)
  C 白血球の増多(≧8000
立法ミリメートル)
  D 乏尿(0.5ml
kg
h)
  E 意識状態の変調
  F 血中乳酸値の上昇(3mmol
l)

   ウ 細菌性(気管支)肺炎(甲B2,乙B4,7の6,丙A1,2,弁論の全趣旨)
 細菌性肺炎とは,細菌感染によって引き起こされた肺実質の炎症性疾患であり,肺胞腔内に好中球,フィブリン,マクロファージなどを含んだ炎症性滲出物を認める肺胞性肺炎である(これに対し,肺胞周囲の肺胞壁(間質)の病変を主体とするものが間質性肺炎とされている。)。
 このうち,炎症の広がりにより1つの肺葉全体に炎症が広がった病態像を大葉性肺炎といい,経気道的に起炎菌が侵入し,細気管支領域から肺胞を含む小葉単位に病巣を作るものを気管支肺炎という。インフルエンザ菌,黄色ブドウ球菌その他多くの細菌感染による肺炎が気管支肺炎の病像をとるとされている。
 細菌性肺炎は,悪寒,発熱,全身倦怠感,食欲不振,頭痛,発汗などの発熱に伴う症状,咳,喀痰,胸痛,呼吸困難などの呼吸器症状がみられ,重症例では意識混濁,筋肉痛,下痢,嘔吐,チアノーゼなどを来す。
 検査所見としては,血液生化学所見として,CRP陽性,α2―グロブリン増加,赤沈値亢進,好中球増加と核左方移動,補体の増加が指摘される。
 胸部レントゲン検査所見としては,肺胞性パターンをとり,比較的均一性に広がった浸潤影の中にair bronchogram(気管支含気像)が見られる(これに対し,間質性パターンは,間質に炎症を伴った間質性肺炎にみられ,スリガラス様陰影,線状・索状の浸潤影を呈する。)が,近時の細菌性肺炎は,両者の混合型を呈し,大葉性肺炎よりも気管支肺炎の型をとるものが多くなっている。
 臨床症状,血液生化学所見,胸部レントゲン検査所見から肺炎が疑われる場合には,喀痰その他の材料からの起炎菌の分離,同定を実施し,抗菌薬の投与による化学療法が主体となり(ただし,臨床上,肺炎患者から起炎菌を同定できるのは50%以下であるとする報告もある。),対症療法として安静,栄養補給,脱水の是正等が実施される。
 日本呼吸器学会が作成した肺炎の重症度分類のガイドラインは,別紙「肺炎重症度判定基準」のとおりであり,概ね,軽症,中等症で脱水を伴わないものは外来治療を,中等症で脱水を伴うものと重症例では入院治療を行うものとされている。

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