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以下の判例から 平成18年 8月 3日 名古屋地裁 判決 <平16(ワ)990号> 一部認容 要旨 被告の設置管理する市民病院に肺炎のため入院中の原告(本人)が、抗生剤ブロアクトの投与を受けたところ、その直後にショック状態に陥って一時心肺停止状態となり、虚血性脳症を発症して後遺障害が残ったため、原告及びその両親が被告に対し、ブロアクトを投与したことに過失がある上、投与方法も不適切で、かつ、ショック状態に陥った後の救急措置にも過失があったと主張して、逸失利益・慰謝料等の賠償を求めたところ、救急措置上の過失を認め、総額1億3400万円余りの賠償を命じた事案 出典 裁判所サイト、ウエストロー・ジャパン (2) 次に,証拠(甲B1,乙B1,B2,B4,B6,B12)によれば,前提となる医学的知見として,次の事実が認められる。 ア ブロアクト ブロアクトは,セフェム系の抗生物質であり,その添付文書には,次のとおりの記載がある(一部抜粋)。 (ア) 用法・用量 通常,成人には1日1ないし2g(力価)を2回に分けて静脈内に注射する。なお,難治性又は重症感染症に対しては,症状に応じて1日4g(力価)まで増量し,2ないし4回に分割投与する。 通常,小児には1日60ないし80mg(力価) kgを3,4回に分けて静脈内に注射するが,年齢・症状に応じ適宜増減する。なお,難治性又は重症感染症に対しては,160mg(力価) kgまで増量し,3,4回に分割投与するが,髄膜炎には1日200mg(力価) kgまで増量できる。 静脈内注射に際しては,日局注射用水,日局生理食塩液又は日局ブドウ糖注射液に溶解し,緩徐に投与する。また,点滴静注に際しては,日局生理食塩液,日局ブドウ糖注射液又は補液に溶解する。 (イ) 使用上の注意 @ 慎重投与(次の患者には慎重に投与すること) 本人又は両親,兄弟に気管支喘息,発疹,蕁麻疹等のアレルギー症状を起こしやすい体質を有する患者 A 重要な基本的注意 ショックが現れるおそれがあるので,十分な問診を行うこと。なお,事前に皮膚反応を実施することが望ましい。 ショック発現時に救急措置を採れる準備をしておくこと。また,投与後患者を安静の状態に保たせ,十分な観察を行うこと。 B 副作用 重篤な副作用の1つとして,ショック(頻度不明)を起こし,又はアナフィラキシー様症状(頻度不明)が現れることがあるので,観察を十分に行い,症状が現れた場合,異常が認められた場合は,投与を中止し,適切な処置を行うこと。 イ ブロアクト皮内反応検査薬 (ア) 皮内反応検査は,薬剤によるアレルギー反応(副作用)の有無を調べる検査であり,通常,対象薬剤の希釈液及び対照液(生理食塩水)を各々皮内に注射し,皮膚膨張疹を作って各膨張部位を観察し,その皮膚の変化によりアレルギー反応の有無を判定する。 (イ) 市販のブロアクト皮内反応検査薬の添付文書には,次のとおりの記載がある(一部抜粋)。 @ 用法・用量 添付の溶解液1mlで溶解し,300μg(力価) mlの溶液を調製する。この液約0.02mlを皮内に注射する。また,対照として添付の対照液(生理食塩水)約0.02mlを試験液注射部位から十分離れた位置に皮内注射する。 A 判定方法 試験液及び対照液ともに次の基準により判定する。 (a) 判定時間 注射後15〜20分 (b) 判定基準 陽性 発赤直径20mm以上又は膨疹直径9mm以上 陰性 発赤,膨疹ともに上記陽性の判定基準未満 判定不能 対照液が陽性を示す場合 なお,偽足(みみずばれ)を伴う膨疹を認めた場合,注射局所の反応以外に全身反応(しびれ感,熱感,頭痛,眩暈,耳鳴,不安,頻脈,不快感,口内異常感,喘鳴,便意,発汗等)を認めた場合も,陽性と判定する。 B 処置 試験液の判定が陽性であって,対照液の判定が陰性の場合は,ブロアクトの投与を行わない。 判定不能の場合は,ブロアクトの投与を行わないか,あるいは過敏反応に十分注意して投与すること。 皮内反応試験の結果が陰性の場合でも,ブロアクト初回投与時は,本人又は両親,兄弟のアレルギー反応既往歴の有無を十分問診し,注意して投与すること。 ウ マイコプラズマ肺炎 (ア) マイコプラズマ肺炎は,マイコプラズマという病原菌の感染によって発症する肺炎をいう。 マイコプラズマ肺炎は,学童期に多く(統計上,6ないし7歳以上の学童期の肺炎については,マイコプラズマを原因菌とするものが最も多いとされている。),発熱(中等度の発熱を呈する場合が多いが,39度以上の高熱や無熱の場合もある。),初期の乾性の咳嗽が特徴的で,一般的に,患者全身状態は保たれていることが多い。また,血液検査所見として,白血球数及びCRPは,軽度から中等度の上昇が一般的である。 (イ) なお,マイコプラズマは細胞壁を持たず限界膜で囲まれた微生物であるため,これに起因する肺炎に対しては,細胞壁合成阻害薬であるセフェム系薬剤のブロアクトは効果がない。 (3) 以上を前提として,原告Aに対するブロアクト投与の適否について検討する。 ア 証拠(乙A10,B7,B12)によれば,肺炎(特に小児の肺炎)の初期治療における抗生剤の選択に関する医学上の知見として, (ア) 抗生剤の選択に当たっては,原因微生物の特定が必要であるが,肺炎のような呼吸器感染症における原因微生物(特に原因菌)の特定は,感染症の中で最も困難であること, (イ) 肺炎の原因微生物の特定のために実施される細菌培養検査においては,洗浄喀痰,血液,胸水等が臨床材料とされているが,喀痰については,小児では,一般に喀出痰の量が少なくその採取が困難である上,特にマイコプラズマ肺炎の場合,病初期は,痰の乏しい乾性の咳が多いため,より一層採取が困難であること,また,血液については,検査の感度が悪い上に,検出率が低く,原因微生物の特定に必ずしも有効ではないこと, (ウ) これらの事情により,肺炎と診断された段階で,原因微生物が特定されているとは限られないところ,その特定されていない段階では,一般に,臨床症状や(原因微生物の)統計学的知見に基づいて抗生剤を選択してこれを投与した上,臨床症状及び検査所見の改善状況等から,その効果(感受性)の有無を判定し(効果判定の期間は,通常,2〜3日程度である。),効果が認められれば(原因微生物の判明するまでは)同じ抗生剤を継続し,効果が認められなければ抗生剤を変更するという治療方法が採られること,以上の事実が認められる。 |
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