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イレウス(腸閉塞)、ショック

以下の判例から
平成18年 5月31日 東京地裁 判決 <平16(ワ)6618号>
一部認容、控訴(後和解)
要旨
被告大学が開設する病院で胃癌及び胆石症の手術を受けた患者が腹痛を訴えて再入院した後死亡したため、被告病院の医師が絞扼性イレウスを疑って速やかに開腹手術をすべきであったのにこれを怠ったとして患者の遺族らがした損害賠償請求につき、医師らがイレウスの種類について確定診断し、それに応じて直ちに開腹手術すべきであったにも関わらずこれを怠った過失があると認定判断し、逸失利益、慰謝料等が認容された事例
出典 裁判所サイト、判タ 1244号268頁、ウエストロー・ジャパン


 別紙 医学的知見

 1 イレウス(甲B1、4、7、8、12、乙A4、B1ないし4、証人D)
  (1) イレウス(腸閉塞)とは、腸内容の肛門側への通過障害、停滞により腸管が異常に拡張し、腹部膨満感や腹痛を生じ、腸内容が口側に逆流し嘔吐を来す病態である。イレウスは、物理的な閉塞起点を有し、同部での腸管の拡張、虚脱の境界が明瞭な機械的イレウスと、明らかな閉塞起点を有さず腸管運動の障害により腸内容の停滞のみを生じる機能的イレウスに分類される。機械的な通過障害でも、完全閉塞まで至らない狭窄程度の通過障害で、腹部膨満、悪心、嘔吐などの症状を示す病態を亜イレウスとも呼ぶ。機械的イレウスは、腸管の血行障害を伴う絞扼(複雑)性イレウスとこれを伴わない単純性イレウスに分類される。単純性イレウスのうち、開腹手術後の癒着を原因とするイレウスを癒着性イレウスという。
  (2) 単純性イレウス及び絞扼性イレウスの病態生理の流れは、以下の説明を加えるほか、概要別表1のとおりである。
 腸管の機械的閉塞が起こると、閉塞部位の口側の腸管は貯留したガスや腸液により拡張する。腸管の拡張と内圧の上昇に伴い静脈還流が障害され、腸管壁の浮腫、腹腔内への水、Naの漏出が起こる。腸管内圧がさらに上昇すると動脈血流も障害され、腸管壊死、穿孔を来す。また絞扼性イレウスの場合は、早期に動脈血流障害を来し、腸管壊死、穿孔、腹膜炎、ショックへと進行する。健常人では1日に7〜8lの電解質を含んだ腸液が分泌、再吸収されているが、これに加え血管内から漏出した水分、Naが嘔吐などにより大量に体外に失われるため、細胞外液、循環血漿量が低下する。絞扼性イレウスの場合、血行障害が腸管壁の透過性を亢進させ、細菌や細菌由来の毒素が腹腔などから吸収されて血液に入り込む水分もさらに漏出し、脱水は急速に進み、ショックや腎血流の低下による腎不全を来す。血管の透過性が亢進し、腸内細菌が血中に流入するため、敗血症やエンドトキシンショックを来すこともある。
  (3) イレウスは、手術歴の有無、腹痛の種類及び経過、嘔吐、腹部膨満、腸蠕動不隠、排ガス停止、腹部X線所見などにより他の疾患と鑑別される。腹痛を主訴とする急性腹膜炎、胆石症、急性虫垂炎、急性膵炎、尿路結石、子宮外妊娠、卵巣嚢胞茎捻転などとの鑑別が重要となる。
  (4) 一般に、イレウスの場合、循環血流量が減少するので、鎮痛剤投与とともに輸液を開始すべきである。
 絞扼性イレウスの場合、腸管壊死、腹膜炎、敗血症、ショック等を起こし、急速に全身状態が悪化し、死に至る危険があるので、直ちに手術が必要であるが、紋扼性イレウスが否定されれば保存的治療(絶飲食による腸管の安静とチューブによる減圧、補液による脱水や電解質異常の補正等。)が第一選択となり、そのまま寛解することも多く、いきなり重症化することは少ない。
 単純性イレウスが、拡張腸管の捻転、嵌頓などにより、絞扼性イレウスに移行することもあるので注意を要する。

 2 ショック(甲B27、乙B11)
  (1) ショックは、収縮期血圧90以下、平均血圧60以下の時、あるいは40以上の急激な血圧低下があった時と定義される。また、ショックの重傷度診断には、別表2のショックスコアが有用であり、5点以上でショックと診断される。
 ショックになるかどうかは、心拍出量、循環血流量、全身血管抵抗の3要素により規定されている。また、蒼白、拍動の減弱、発汗、虚脱、頻呼吸の5つは、典型的なショックの症状とされる。ショック状態では、細胞の嫌気性代謝が行われて代謝性アシドーシスが起こり、動脈血ガス分析上はPHの低下と重炭酸イオンの減少、BEの低下を呈する。また、代謝性のPaCO2低下と、低酸素血症を認めることが多い。
 ショックは、病態ごとに、循環血流量減少性ショック、心原性ショック、閉塞性ショック、血液分布異常性ショック(敗血症性ショックないしエンドトキシンショックもこれに分類される。)の4つの病態に分類される。
  (2) ショックが生じた場合、急速輸液をしながらショックの病態を鑑別し、症状が重篤な場合はプレドパやノルアドレナリン等で昇圧した後に鑑別し、病態に即して輸液治療及び原因疾患に対する治療を行う。
 循環血流量減少性ショックの輸液治療の基本は循環血流量の補充である。低血圧が著しい場合には、一時的に血圧上昇作用などのα刺激作用を期待してプレドパなどの使用を考慮するが、循環血流量の補充とともに血行動態が安定すれば直ちに減量、中止する。
 血液分布異常性ショックは、全身の血管が拡張することにより相対的な循環血流量減少状態になっている。治療は、循環血流量減少性ショックと同じく輸液が基本となるが、輸液により十分な前負荷が補充されても低血圧が遷延することも多く、そのような場合にはα刺激薬(プレドパ、ノルアドレナリン等)を使用する。プレドパでは昇圧できないことが多く、その場合はノルアドレナリンを使用する。
 3 敗血症(甲B25)
  (1) 敗血症とは、感染が惹起した全身性の炎症反応であり、感染の存在に加え、以下の2つ以上の項目を満たす病態と定義される。
 〈1〉高ないし低体温(体温>38℃ないし<36℃)
 〈2〉頻脈(心拍数>90
分)
 〈3〉頻呼吸(>20
分)ないし低炭酸ガス血症(PaCO2<32)
 〈4〉白血球数増加や減少(>12000
μl、<4000μl)
 ないし核左方移動(桿状核好中球>10%)
 敗血症は、臓器機能障害、低灌流、あるいは低血圧を合併して、重症敗血症、敗血症性ショック、を経て、多臓器機能不全障害へと重篤化する。
  (2) 敗血症性ショックとは、乳酸アシドーシス、乏尿、精神状態の急性変化を含むが、これだけに限定されない適切な輸液に反応しない敗血症起因性低血圧である。
 DIC(播種性血管内凝固亢進)とは、悪性腫瘍、敗血症、ショック、アシドーシスなど何らかの基礎疾患があり、組織因子の血中流入あるいは出現、血管内皮細胞障害などにより、生体内で凝固系が過度に活性化され、トロンビン生成に伴い、全身性の主として細小血管内に播種性に微小血栓形成が起こり、それに基づく虚血性臓器障害を来すとともに、2次線溶亢進及び血小板や凝固因子の消費性低下による著明な出血傾向を生じる病態である。

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