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腹部大動脈瘤

以下の判例から
平成18年 3月24日 さいたま地裁 判決 <平15(ワ)1621号>
一部認容
要旨
亡Aの弟で唯一の相続人である原告が、被告病院に対し、被告病院の担当医師Xには亡Aを腹部大動脈瘤の手術を行うことのできる設備及び人員を有する医療機関に転医させるべき義務があったのに、Xはこれを怠ったとして、亡Aと被告病院との間の診療契約の債務不履行に基づき、損害賠償を求めた事案において、Xが亡Aを初めて診察した時点において、亡Aに緊急手術の必要がないとしても、できるだけ速やかに手術を受けさせる必要があり、手術に備えて必要な諸検査を行うとともに、また、腹部大動脈瘤が破裂した場合に備えて必要な処置を迅速にとることができる体制を整えておく必要があったものと認められるのであるから、被告病院において、これらの手術及びこれを前提とする医療措置を行うことができない以上、Xとしては、腹部大動脈瘤の手術を行うことができ、亡Aを受け入れることのできる医療機関を自ら探すとともに、亡A及びその親族に対し、早期の転医があることを説明して、承諾を得るよう努め、亡Aをできる限り速やかに転医させるべき義務があったというべきであり、Xにはこれを怠った過失があるとして、原告の請求を一部認容した事例
出典 裁判所サイト、ウエストロー・ジャパン、医療判例解説 7号74頁
評釈 白井徹郎・医療判例解説 7号71頁


  (2) 腹部大動脈瘤に関する医学的知見
   ア 腹部大動脈瘤は,腹部大動脈の一部が拡大し,こぶのような形状を呈するものをいう。腹部大動脈瘤は,時間の経過とともに拡大する。その原因は,ほとんどが動脈硬化によるものである。
 腹部大動脈瘤は,胸部大動脈瘤と異なり,かなりの大きさになっても無症状の場合が多い。腹痛があっても鈍痛程度で,その他の症状としては不定の胃症状,腰痛,下肢への牽引痛などが挙げられる。(甲4,6の3,乙14,証人G)
   イ 腹部大動脈瘤は,約30パーセントに破裂の危険があり,大きさが7センチメートル以上の場合,1年以内に80パーセントの割合で破裂するとされている。破裂した場合,急性腹症の症状を呈する。周辺組織を圧迫しつつ血腫を形成していく場合が多いので,ショック症状により短時間で死亡するものは比較的少なく,数時間ないし数日の経過を示すものが多い。したがって,迅速適切な診断,処置により救命しうる時間的余裕のある場合が多い。
 腹部大動脈瘤の破裂様式には,@ 動脈瘤の前壁が破裂し,腹腔内に出血するもの(オープン・ラプチャー),A 動脈瘤壁の一部に破綻を来し,後腹膜腔内に出血,形成された血腫により破裂孔が一時的に圧迫被覆されて出血が止まるもの(クローズド・ラプチャー),B 破裂によって生じた血腫によって破裂箇所が覆われ,破裂部が完全に閉鎖されたもの(コンテインド・ラプチャー)がある。コンテインド・ラプチャーについては,数週間ないし数か月にわたって(数年間にわたるものもあるとされる。)そのままの状態を保つ場合があるとされている。コンテインド・ラプチャーのうち大多数は,数週間から数か月の幅があるものの,皮膜の破綻によって再破裂を生じるといわれており,再破裂の時期を予測する方法は確立されていない。(甲4,乙14,15,20,証人G)
   ウ 腹部大動脈瘤は,その大部分が動脈硬化性のもので,全身的な動脈硬化症の一部の現象であるから,ほかの多くの臓器の疾患を合併していることが多い。その例としては,高血圧症,心疾患(特に虚血性心疾患),脳及び下肢動脈の閉塞性疾患,腎機能障害がある。これらの合併症は手術適応の決定,手術後の早期及び長期の予後の推定などに際して,慎重に考慮すべきであるとされている。(甲6の3,8,乙12,14)
   エ 腹部大動脈瘤に対する治療は,症状のある場合と症状のない場合で異なってくる(甲6の3,8,乙12,14)。
    (ア) @破裂した場合,A腹痛,腰痛,悪心,嘔吐その他の腹部圧排症状が現れ,これらの症状が,腹部超音波検査又はCT検査などにより,腹部大動脈瘤によるものと認められる場合など,腹部大動脈瘤の症状が現れているときは,緊急手術をすべきであるとされている。緊急手術とは,できる限り早急に行う手術をいう。
 緊急手術の場合,急性期の内科的治療(血圧を下降させることなど),必要な検査(造影CT検査,胸部レントゲン撮影,心電図検査,各種超音波検査など),手術の準備の3点を迅速に行える環境が必要であるとされている。(甲8,乙12)
    (イ) 腹部大動脈瘤の症状が現れていない場合は,手術適応の有無を各種の検査によって見極め,経過観察を行うか,待期手術を行うかを決定することになる。この場合,腹部大動脈瘤の大きさが5センチメートル以上であれば手術適応となり,それ以下の場合は経過観察となる。
 手術適応とされた場合,血圧のコントロールを行い,腹部の打撲に注意するよう指示するとともに,合併症について所要の検査を行い,手術のリスクについて検討することになる。リスクが低ければ,待期手術を行うものとされている。待期手術の場合であっても,破裂前に手術を行うことが必要であり,速やかな手術が必要とされている。(甲6の3,8,乙12)
    (ウ) 手術死亡率は,腹部大動脈瘤破裂前の待期手術の場合,5パーセント未満とされている。一方,腹部大動脈瘤が破裂した場合,病院到着前に約60パーセントが死亡し,緊急手術の救命率が40から60パーセント程度であることから,死亡率が80パーセント以上になるとされている。(甲6の3,乙12,14)
    (エ) なお,コンテインド・ラプチャーについては,既に破裂しているものの,状態が安定しているため,待期手術に準じて扱うことができるとの報告がある。一方,証人Gは,コンテインド・ラプチャーであっても,とにかくできるだけ早く手術した方がよいというのは通説であること,コンテインド・ラプチャーにおいては,腰痛及び大腿部痛に注意すべきであり,これらが憎悪したときは手術を考慮すべき場合があり得ることを指摘する。(甲4,乙14,15,証人G)
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