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未破裂脳動脈瘤の手術のメリットとリスク

以下の判例から
前掲
平成18年 3月 7日 和歌山地裁 判決 <平16(ワ)203号>


  (2) 未破裂脳動脈瘤の手術のメリットとリスクに関する知見に照らした評価

 ア 未破裂脳動脈瘤の破裂のリスクに関する知見

 (ア) 破裂率について
 証拠(甲B1,4,乙B2,4)によれば,未破裂脳動脈瘤の破裂率に関して,以下のような医学的知見が示されていることが認められる。
 a 「脳神経外科学」(平成8年4月改訂の成書・甲B1)には,以下のような知見が示されている。
 破裂の危険性すなわち自然歴については正確なデータはなく,年間の出血の危険性について,1パーセントとするものから,3ないし4パーセントとするもの,5パーセントとするもの,0.1ないし2.1パーセントとするものなど様々な見解がある。
 多発性動脈瘤で未破裂脳動脈瘤からの出血率は年1ないし2パーセント,全体で10ないし17パーセントと言われている。
 1987年に発表されたWiebersらの研究結果では,直径10ミリメートル以下の未破裂脳動脈瘤の被裂する確率は非常に低いとされている。
  1993年に発表されたJuvelaらの研究結果では,1956年から1978年の間の症例について行われた追跡調査の結果として,平均年間破裂率が14 パーセントであり,追跡の最初の平均動脈瘤径は,追跡中に出血した群と出血しなかった群との間で差はなく共に4ミリメートルであったことが示されている。
 b J Neurosurg(平成12年9月発刊の雑誌・乙B4)には,直径2ないし6ミリメートルの未破裂脳動脈瘤の破裂率は年1.1パーセント,20年間累積で18パーセントである旨の報告がある。
 c 「脳卒中臨床マニュアル」(平成10年の成書・甲B4)には,以下のような知見が示されている。
 自然経過において未破裂脳動脈瘤が破裂する確率は年1ないし2パーセント,この出血による死亡率は年0.4ないし0.65パーセントと推定されている。
 将来破裂する危険性が高いと予測される未破裂脳動脈瘤として,大きさが5ミリメートル以上,形が不整であったりブレッブが存在しているもの,若年者の家族性脳動脈瘤,多発性脳動脈瘤,発生部位が前交通動脈のものなどがある。
 脳動脈瘤破裂の危険に最も強く関わる因子は大きさであり,大きな未破裂脳動脈瘤ほど破裂しやすいと考えられている。
  4ないし5ミリメートル以下のものは,その時点では破裂する危険は少ないと考えられるが,経過観察となった未破裂脳動脈瘤がその後破裂した場合には,その大半が増大しており,その後の増大から破裂への時間的経過を推測することができない以上,将来いつ破裂するか正確な予測は現在のところ不可能である。
 d 「脳ドックのガイドライン2003」(平成15年の成書・乙B2)には,以下のような知見が示されている。
 現在,無症候性未破裂脳動脈瘤の破裂率に関してエビデンスレベルの高い文献は未だ存在しない(乙B2・58頁)。
 未破裂脳動脈瘤破裂率の報告として代表的とされるものはいくつかあるが,これらは比較的バイアスの高い群が集計されており,全ての群の破裂率を反映していない可能性があるため,日本脳神経外科学会において平成13年度から平成15年度にかけて新たに発見された未破裂脳動脈瘤を対象とした症例の集積を開始した(乙B2・68頁)。
 わが国の脳ドックにおける未破裂脳動脈瘤保有率と出雲市におけるくも膜下出血の発生頻度から推定した結果では,被裂率は全体として年間0.85パーセント,上記症例集積(UCAS Japan)の中間発表によれば,全体としての破裂率は年間0.7パーセント(95パーセント信頼区間0.4ないし1.1パーセント
年)で,5ミリメートル以上の病変では年間1.1パーセント(0.8ないし1.8パーセント
年)であった。
 これらからは,無症候性未破裂脳動脈瘤全体としての破裂のリスクは年間0.5ないし1.9パーセントであり,およそ1パーセントと推定される(乙B2・58頁から59頁まで)。
 以上の事実を総合すれば,未破裂脳動脈瘤の破裂の危険性については,動脈瘤が大きくなるほど破裂率が高くなる傾向があり,また,形が不整形であったり,ブレッブがあるもの,前交通動脈にできたものなどは破裂しやすいことが知られているが,破裂率については近年になって年1パーセント前後という知見が得られつつあるものの,本件手術当時においては確実な知見はなく,年1ないし2パーセントとの見解が一般的であったこと,4ないし5ミリメートルの未破裂脳動脈瘤はその時点では破裂する危険性が少ないが,その後に増大して破裂するおそれがあるものと位置付けられることが認められる。

 (イ) 破裂した場合の転帰
 未破裂脳動脈瘤が破裂した場合には,くも膜下出血が発生し,半数程度は死亡し,死亡を免れた場合にも予後がよくないことについては,特にこれに反する証拠は存しない。

 イ 手術のリスクについて
 証拠(甲B18・1882頁,乙B2・59頁)によれば,無症候性未破裂脳動脈瘤に対する開頭術のリスクに関しては,手術成績は良好と位置付けられており,死亡率が零ないし2.9パーセント,永続的な後遺症が零ないし3.8パーセントである(甲B18・1882頁)とされるが,平成15年時点でエビデンスレベルの高い論文はなく,全体として死亡率は1パーセント以下,後遺症はおよそ5パーセントと考えられるが,病変が15ミリメートルと大きいものが大半を占める症例では死亡率2.6パーセントというものもあるものの,多くは死亡率は1パーセント未満であり,なかには410例で死亡がないとの報告や,1615例の手術で死亡率が0.2パーセントであったというものもあることが認められる(乙B2・59貢)。

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