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未破裂脳動脈瘤に対する術式の選択

以下の判例から
前掲
平成18年 3月 7日 和歌山地裁 判決 <平16(ワ)203号>


 6 術式の選択について
  (1) ラッピング術及びコーティング術の位置付けについて
 ア 医学書(甲B15,18)によれば,未破裂脳動脈瘤に対する術式の選択に関して,以下の記述が認められる。
  (ア) 未破裂脳動脈瘤の破裂を予防するための手術としては,第一に動脈瘤直達手術として専用のクリップを用いた脳動脈瘤頸部クリッピング術を行うが,ネッククリッピングが困難な場合には動脈瘤トラッピング術や親動脈近位部閉塞術も考慮し,これらのいずれもが困難な場合には動脈瘤壁を補強する動脈瘤被包術(コーティング術・ラッピング術)も考慮すべきである(「脳卒中治療ガイドライン2004」:甲B15)。
 (イ) コーティング術・ラッピング術は,クリッピング術に比べると再出血予防効果が劣るが,そのまま放置することと比べると有用である(同上)。
  (ウ) 無症候性未破裂脳動脈瘤の手術においては,脳動脈瘤の手術の基本手術であるネッククリッピングに固執せず,無理なクリッピングを避けて,動脈瘤の壁の薄い部分を中心に処置し,ガーゼ+フィブリングルー
バイオボンドによる補強術(コーティング,ラッピング)などの注意が大切である(「綜合臨牀」:甲B18)。
 イ 一方,被告は,ラッピング術やコーティング術は廃れた術式とされている旨主張する。
 しかし,証拠(甲 B12,16,18,19,24,27)によれば,破裂動脈瘤に対する手術では,再破裂により致命的な事態に陥る危険が極めて高いことや,ラッピング術やコーティング術を実施しても,そのまま放置して自然の経過に委ねるより多少良好な結果が得られるにとどまる(甲B24)ことから,クリッピングによる確実な閉塞が強く求められると考えられていることが認められる(乙B12,B27)ものの,未破裂脳動脈瘤に対する手術においては,ラッピング術やコーティング術を選択すべき場合があることを指摘する文献も少なからず存在していることが認められる。
 ウ そして,未破裂脳動脈瘤の破裂率は,破裂動脈瘤の再破裂率に比較すると相当に低いものであり,また,動脈瘤自体が未だ破裂していないため,コーティング術やラッピング術により動脈瘤の弱い部位を補強することで破裂防止の効果も相当程度期待できるものと考えられる。
 これらの事実によれば,未破裂脳動脈瘤に対する手術の術式としては,クリッピングが第一に選択されるべき有効な方法であるが,ラッピング術やコーティング術が有用な場合も存在しており,これらを廃れた術式として位置付けられていたものとは考えられない。
 したがって,未破裂脳動脈瘤に対してクリッピング術を実施することによって,患者に重大な合併症を生じることが予想される場合には,術者には,状況に応じてラッピング術やコーティング術への切り替えも考慮する注意義務があるものというべきである。

  (2) 本件における判断の適否について
 本件においては,既に認定したとおり,本件動脈瘤のドームや血管に硬化が認められ,かつ,硬化が強い部分もあって,クリッピングにより血管のキンクや狭窄をもたらす危険性が相対的に高いものであったことが認められ,その意味では,本件動脈瘤に対する措置としてラッピング術やコーティング術も選択肢の一つであったとはいえるものの,他方,本件手術においては,クリップを1度かけ直して,血管のキンクを軽度なものにすることができたことや,問題となっている血管である中大脳動脈が相当太い動脈であるなど,狭窄による重大な合併症が発症する可能性を否定する要素も十分存在していた。
 また,原告の本件動脈瘤は比較的小さく整形ではあったものの,原告には長期間にわたる喫煙歴があり,また高血圧や動脈硬化が認められるなど,本件動脈瘤の破裂のリスクを高める要因も存していたことが認められる。
 そして,ラッピング術やコーティング術がクリッピング術に比べて破裂防止の効果が低いことや,脳動脈瘤のクリッピングでは瘤壁に多少の硬化所見があっても一度はクリッピングが試みられるのが普通であること(乙B19)に照らせば,本件において,本件動脈瘤の破裂のリスクを考慮して,ラッピング術やコーティング術に切り替えることなくクリッピング術を行ったことが合理性を欠くものということはできないのであって,被告病院医師にはこの点について判断を誤った過失があったとまで認めることができない。
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