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気管挿管、麻酔のための術前評価など

以下の判例から
平成20年 4月30日 京都地裁 判決 <平15(ワ)2597号>
一部認容
要旨
GVHD(移植片対宿主病)に罹患していた小児に全身麻酔を施行するにあたり、挿管困難、換気困難の予見義務違反、ラリンゲルマスク及び気管支ファイバースコープの使用義務違反、輪状甲状間膜穿刺の実施義務違反、気管切開の判断の遅延があったとはいえないとして同各義務違反を理由とする損害賠償が棄却された事例
GVHDに罹患していた小児に全身麻酔を施行するにあたり、動脈血ガス分析検査をすべきであり、また、麻酔科医が直接問診し、患児及びその家族に麻酔の説明をすべきであったとして、同義務違反を理由とする損害(慰謝料)賠償請求を一部認容した事例
出典 裁判所サイト


  (5)ア 気管挿管をするにあたっては事前に以下のことに注意すべきことが要請されている(乙B10,14)。
   (ア) 側頭下顎骨関節機能
   (イ) 舌の大きさと可動性
   (ウ) 下顎の形成不全の有無
   (エ) 首の太さ,長さ,頸椎の可動性と屈曲,伸展の障害の有無
   (オ) 心肺機能(呼吸器系,心循環系)
   (カ) 挿管困難を伴う症候群や疾患の有無

   イ ところで,一般に顎が小さい人,口が小さい人,太っている人,首が太く短い人,歯がでている人,下顎や口腔の手術歴のある人,リュウマチを有する人は術前から喉頭展開によって声門が直視できないこともあって気管挿管が困難であることが予想される(甲B4の@,5)

   ウ 麻酔のための術前評価など
 麻酔にあってはその術前評価としては呼吸器系及び循環器系に重点を置いて行う必要がある(乙B29,鑑定)。
 ところで,SpO2の検査(パルスオキシメータによる酸素飽和度検査)は非侵襲的検査で酸素化の状態評価はある程度可能であるが,動脈血中の二酸化炭素分圧(PaCO2)の評価ができない。さらに正確に患者の呼吸・循環の状態(酸素化能の予備力など)を正確に把握するための方法としては動脈血液ガス分析(動脈血中の二酸化炭素分圧〔PaCO2〕や酸塩基平衡の状態などが判明)がある(鑑定)。
 気管挿管をするか否かは動脈血ガス値で決める旨記載した文献(乙B10の81頁)もある。
 なお,酸素化能の予備力が低い患者の全身麻酔管理においては,術後の呼吸管理計画を立てて手術に臨まなければならない(甲B13)。

   エ 本件以後の症例であるが,既往歴として気管支喘息のある慢性GVHD合併児(5歳の男子)に対する全身麻酔下で胃内視鏡検査を行うにあたってセボフルランによる緩徐導入により麻酔を導入し,ベクロニウムにより筋弛緩を得た後に気管挿管をして安全に麻酔管理をした例がある(乙B27・平成16年9月の小児麻酔学会での報告例)。その他,本件以後の症例で慢性GVHDに罹患している患者に対して筋弛緩薬を使用した症例報告がある(甲B9,乙B24ないし26)。

  (6) 麻酔導入時のマスク換気困難の多くは,上気道の狭窄・閉塞がその原因で,@麻酔が深くなるにつれて強くなるタイプと,A麻酔が深くなるにつれて軽快するタイプがある。@のタイプは麻酔が深くなるにつれ咽頭,喉頭筋,舌などの緊張が低下し,咽喉頭腔の狭窄・閉塞を起こすためと考えられ,Aのタイプは上気道の反射や筋緊張が亢進し,喉頭痙攣や咽・喉頭筋の収縮などにより気道狭窄・閉塞が起こるためと考えられる。(甲B4のA)。

  (7) 麻酔導入後,まれに筋弛緩薬投与後に換気が困難となりさらに気管挿管ができない場合があるが,このような場合,最も確実な方法は直接気管へ到達し換気する方法であり,気管切開,輪状甲状膜より気管内チューブを挿入する方法があり,また,ラリンジアルマスクの使用も有効かもしれない(甲B4のA)。
 ところで,気管支ファイバーは熟練を要する操作が必要で,準備も含めて時間,手間がかかる(甲B4の@)。熟練者でさえ気管支ファイバー挿管を成功させるためには通常数分間かかる(乙B32)。

  (8)ア 慢性GVHDの予後であるが,その因子として以下のことが想定されている(乙A20)。
   (ア) 全身50%以上の皮膚病変を伴う例
   (イ) 血小板数が10万
?l未満の例
   (ウ) 急性GVHD症状が治まらず慢性GVHDに移行した例
   イ 上記のうち(ア)(ウ)を備えている者の3年生存率は,ジョンホプキンス大学では9%,ネブラスカ大学では14%,IBMTR(国際骨髄移植登録)では49%,フリッドハッチンソン癌研究センターでは62%,ミネソタ大学では41%と報告されている(乙A20)。
   ウ 慢性GVHDを発症した患者のうち20−40%は治療が十分行われても同疾病が関連した合併症で死亡するという報告もある(乙B3)。
 
 (9) 本件麻酔当時,慢性GVHD本態の病理研究,その発生抑制と治療の研究まではなされていたものの慢性GVHDに対する緊急的手術の際の麻酔や呼吸管理の安全のための医学的知見は本件甲B11論文など少数の症例報告があるだけで同疾患による麻酔のリスクも含めて手探り状態で,いまだ確たる指針や方法が本件病院のような最高水準の医療を提供することが予定されているところでも一定の知見が確定していなかった。

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