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気管挿管、気管切開

以下の判例から
平成20年 1月30日 札幌地裁 判決 <平17(ワ)167号 ・ 平17(ワ)1026号>
事件名 損害賠償本訴請求事件、治療費反訴請求事件
本訴請求棄却、反訴認容、控訴
要旨
左頸部膿瘍切開排膿手術を受けた患者が、手術の際に気道閉塞に陥り、重度の低酸素脳症に罹患したことにつき、担当医師に過失がなかったとして、病院側に対する損害賠償請求が認められなかった事例
出典 判タ 1281号257頁 


  (5) 本件に関連する医学的知見

 ア 頸部の構造について
 人間の頸部は,皮膚の下に広頸筋といわれる薄い筋肉と結合織があり,その中央にある前頸筋群を取り除くと,ほぼ中央に甲状腺がある。気管軟骨は甲状腺の裏側にあり,気管軟骨のすぐ脇をこれに並行して左右の反回神経が走行しているが,反回神経は,声帯を動かす神経であり,これを両方とも損傷すると,声帯が動かなくなって発声困難となり,正中に固定されると窒息状態に陥る。また,気管軟骨に並行して左右の総頸動脈が走行しているところ,総頸動脈は,脳に血液を送る重要な動脈であり,これが切断されれば,右なら右半球,左なら左半球の脳が損傷されて半身麻痺になる。さらに,気管軟骨の前面にはこれをまたぐような形で腕頭動静脈が走行している(乙B13の2・3,証人夏川16・ 17頁)。

 イ 咽頭・喉頭部の構造等について
 咽頭とは,鼻腔・口腔から食道・喉頭にかけて広がる管状の部分をいう。喉頭は,気道の一部を構成し,咽頭に開いた空気の取入口であり,その入口の前壁には喉頭蓋がある。喉頭の内部には円筒形の喉頭腔が広がり,喉頭腔の中間部には,声帯に囲まれた声門がある(乙B14,弁論の全趣旨)。

 ウ 気管挿管について
 気管挿管は,麻酔薬で患者の意識を消失させ,筋弛緩薬を投与して,患者の筋肉を十分に弛緩させた上で,喉頭鏡を用いて声門を直視しながら,経口的又は経鼻的に気管チューブを声門に通して気管内に挿管する方法によって行うのが一般的であるが,このほかに,特殊な挿管方法として,患者の意識を消失させずに行う意識下挿管,気管支ファイバースコープを使用した挿管等がある。なお,気管挿管の際に,喉頭鏡の先端を直接喉頭蓋又は喉頭蓋谷に掛けて長軸方向(前方)に引き上げ,声門を含め,喉頭組織を観察することを,喉頭展開という(乙A2の64頁,乙A3,乙B3,弁論の全趣旨)。

 エ 気管切開について
 (ア) 気管切開は,気管を手術的に開窓し,気管内腔にカニューレを挿入して気道を確保する方法であるが,気道確保の方法として気管切開を選択するに当たっては,気管挿管よりも気管切開の適応があることを慎重に確認しなければならないとされている。
 また,気管切開の際には,仰臥位をとり,肩の下に枕を入れて患者の前頸部を伸展させた上で,正中から皮膚を切開し,前頸静脈を鉤で左右に圧排すると,頸筋膜を通して深部の正中部に白線(左右の胸骨舌骨筋の癒合部)が透見される。そこで,正中部の白線を目標に筋膜を切開し,胸骨舌骨筋を鉤で左右に圧排してさらに深部に進み,胸骨甲状筋を鉤で左右に分けると,甲状腺狭部が露出する。その上で,狭部を気管から剥離し,気管を切開してカニューレを挿入する(乙B12)。
 (イ) 気管切開においては,気管周囲に重要な血管・神経等が存在し,これらを損傷した場合には重大な機能障害を来たし,死亡に至ることもあることや,気管周囲の組織は疎な結合組織であって,鈍的に容易に進入できるため,気管前挿管が起こりやすいなどの危険性があることから,これらの危険を避けるため,触診により気管を常に正中位に保ち,切開している層(どこの何を切っているのか)を把握し,気管軟骨(気管壁)を明視下において手術操作を行うことが重要であるとされている(乙A3・4,乙B12,証人夏川16・17頁)。

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