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経皮的心肺補助法(PCPS)、脳血流の低下

以下の判例から
前掲
平成20年 1月30日 札幌地裁 判決 <平17(ワ)167号 ・ 平17(ワ)1026号>


 オ 無脈性心停止について
 無脈性心停止を起こす心リズムには,心室細動,速い心室頻拍,無脈性電気活動(PEA),心静止の4つがあり,このうち,PEAとは,偽性電気収縮解離,徐脈性心静止調律等の様々な無脈性心リズムのグループをいう。そして,心リズムのチェックによりPEAが確認された場合には,直ちに心マッサージ等の心肺蘇生(CPR)を再開し,この際にアドレナリン等の血管収縮薬を投与してもよいとされ,また,徐拍性PEAの患者に対しては,心拍数・体血管抵抗・血圧の低下をもたらすコリン作動性を打ち消す作用を有する硫酸アトロピンの投与を考慮することとされている(甲B15)。

 カ 経皮的心肺補助法(PCPS)について
  PCPSは,当初は,簡易人工心肺システムとして開心術後の循環補助の目的で開発されたものであるが,最近では,心肺停止症例に対する蘇生の目的で救急領域でも応用されてきているところ,「新版経皮的心肺補助法 PCPSの最前線」と題する文献(甲B16の68頁・平成16年7月発行)には,「最近の PCPSの回路は小型で充填量が少ないことから,通常は乳酸加リンゲル液のみの充填で無血体外循環が可能である。当施設では装置の充填を含めた準備に約5 分,並行して行う送脱血カテーテルの挿入に約10分で体外循環を開始することが可能であるが,適応の決定,送脱血カテーテルの挿入が律速段階となる。」との記載がある。

 キ 脳血流の低下が脳細胞に与える影響等について
 (ア) 酸素供給が完全に絶たれた場合における神経組織の生存可能時間は,大脳が約8分間,小脳が約13分間,延髄が約20ないし30分間とされている(甲B4,7)。
  (イ) 脳血流量とは,単位時間内に,血液がどの程度組織を灌流するかを数値化したものであり,その正常値は40ないし60ml/100g/分とされている。そして,脳血流量が,20ないし30ml/100g/分程度まで低下すると,意識障害等の神経機能障害が生じるが,これは可逆的なものであって,血流が改善すれば,神経機能は回復する。また,脳血流量が10ml/100g/分以下まで低下すると,細胞内エネルギー代謝が障害され,壊死(細胞や組織構造の不可逆的な破壊)に至るとされている。なお,脳血流の低下による脳への影響を検討するに当たっては,血流量の絶対値だけではなく,血流低下の持続時間も重要であり,また,完全脳虚血と局所脳虚血とを区別して検討する必要があるとされている(甲B8,乙B6の1・2)。
 (ウ) 「標準脳神経外科学 第9版」(甲B8)中には,脳虚血時間と脳梗塞発生率に関するジョーンズの実験(サルの右中大脳動脈の周囲にナイロン糸を巻き,緊縛して血流を完全に遮断した上で,15分,30分,2ないし3時間後に糸をゆるめて血流を再開させた3群と,持続的に緊縛して血流を永続的に完全に止めた1群を対象として,緊縛時の局所脳血流と神経学的所見を同時に調べ,後で脳を取り出して組織学的所見を検討した実験)の結果,脳血流量が5ml/100g/分前後の場合,中大脳動脈閉塞が発生するまでに1時間ないし2時間程度の時間を要したことなどを示すグラフが紹介されている(甲B8,弁論の全趣旨)。
 (エ) ヨルゲンセンらは,「心肺蘇生後の神経学的な自然経過」と題する論文(乙B7の1・2)において,心血管又は肺に原因のある循環停止から蘇生した231名の患者を対象として,その後の神経学的所見と脳波所見について,1年間にわたり継続的に調査したところ,116例の患者では意識回復は見られなかったが,115例の患者は30日間以内に覚醒し,40例の患者は90日間以内に完全に意識が回復した旨の調査結果を報告している。
 (オ) ファブリらは,「5時間以上の心停止から神経学的に完全回復した例外的な1症例」と題する論文(乙B8の1・2)において,5時間以上蘇生処置が行われたもののなお心停止の状態にあり,蘇生処置後も瞳孔散大,対光反応消失,深昏睡の状態にあった60歳の患者が,心停止に陥った翌日に意識を回復し,さらに,4週間後には退院できるまでに回復した症例を報告している。
 (カ) 閉胸式心マッサージ中の心拍出量は,正常時の約4分の1であり,脳灌流は正常時の約10分の1であるとされている(乙B1の1・2)。

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