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脳梗塞、意識障害レベル

以下の判例から
平成18年12月 8日 東京地裁 判決 <平16(ワ)8720号>
一部認容、控訴
要旨
左耳介後部の有棘細胞癌に対する動注化学療法のためのカテーテル挿入により、患者に脳梗塞が発症し、最終的に患者が死亡した事案において、担当医師らにつき脳梗塞に対する治療を怠った過失及び同療法の利害得失等についての説明を怠った過失が認められたが、各過失と死亡結果との因果関係は否定され、説明義務違反による自己決定権侵害を根拠に、慰謝料200万円の支払請求が認められた事例
被告A病院で耳介部有棘細胞癌と診断された患者に対して同病院の医師の紹介で被告B病院で局所動脈内選択的注入療法(いわゆる動注化学療法)のための動脈にカテーテルを挿入するポートを留置する手術をしたが、その後患者が脳梗塞を発症して死亡した事案について、上記治療法には脳梗塞の危険性等が伴うことについて被告らは説明を怠った過失があるものの、患者の死亡との因果関係を否定した上で、他に選択可能な療法の性質について説明を受けた上で自己が受けるべき療法について熟慮し選択する機会を失った精神的苦痛に対する慰謝料のみを遺族である原告の被告両名に対する損害賠償請求において一部認容した事例
出典 裁判所サイト、判タ 1255号276頁、ウエストロー・ジャパン

  (3) 脳梗塞について
   ア 脳梗塞について
 脳梗塞は、血管閉塞のメカニズムにより、脳血栓症、脳塞栓症及び血行力学性脳梗塞に分類されてきたが、近時においては、発症原因により、アテローム血栓性脳梗塞、ラクナ梗塞、心原性脳塞栓症に分類されることも多い(乙B4〔140〕)。

   イ 脳塞栓症について
 心腔内または動脈壁に生じた血栓や血小板の塊りが血中に遊離し、これが栓子となって脳血管を塞栓することを脳塞栓といい、脳梗塞が生じた場合を脳塞栓症という。塞栓性梗塞は、突然に脳血管を閉塞するので、血栓性梗塞に比べると発症が急激であり、症状は突発完成する(甲B10〔5〕、乙B4〔146、147〕、乙B6〔11〕)。
 脳塞栓症の症状については、塞栓動脈により症状は異なり、塞栓動脈が中大脳動脈の場合、反対側の片麻痺(上肢優位)、感覚障害(上肢優位)、同名性半盲(両眼とも同じ側の視野の半分が見えない状態)等が見られる。起始部に近い部位で塞栓すると意識障害が生じる。病変が優位半球であれば失語症、失行を呈する場合があり、劣位半球であれば、半側空間無視が見られることもある(乙B4〔148、149〕)。
 脳塞栓症が発症した場合、頭部CT検査においても、発症後しばらくの期間には明らかな低吸収域は認められないことが多い。発症後数時間以上経過すると徐々に脳浮腫が出現し、虚血領域は低吸収を示す。脳浮腫は発症3ないし5日後に最大となり、著名な場合には圧迫効果のために脳正中部位が健側にシフトするとされる(甲B9〔566〕、C〔15〕、M〔16〕、乙B4〔149〕)。

   ウ 出血性梗塞について
 出血性梗塞とは、貧血性梗塞巣中に漏出性出血を来したものをいう。全梗塞例の約20%、塞栓例では約60%に見られるとされる(乙B8〔117〕)。
 出血性梗塞の発症機序は、梗塞によって梗塞巣内の血管が虚血性変化によって損傷し、かつ閉塞原因となった塞栓子が細分化された結果、同部位で血管の再開通が起こり、既に損傷している血管から梗塞巣内に出血を来すというものである。栓子により塞栓した血管は発症後48ないし72時間に再開通することが多いため、上記の機序による出血性梗塞は、この時期に起こることになる(乙B6〔112、113〕、乙B8〔117、119〕)。
 これに対し、血管の再開通を伴わずに出血性梗塞を呈する場合もあり、これは、梗塞が生じたことにより形成された新生幼若細小血管(側副血行路)から、灌流圧が上昇することにより梗塞巣に出血するものである(甲B9〔567〕、乙A9〔1〕)。

   エ 脳梗塞の治療について
    (ア) 一般的治療
 脳梗塞急性期の一般的治療としては、安静、全身管理、合併症対策、早期リハビリテーションなどが根幹となる。少なくとも24時間は床上安静が必要であり、症候の動揺、増悪時には安静期間を延長することが必要とされる(甲B1〔1〕)。
    (イ) 血栓溶解療法
 脳塞栓症に対しては、発症後3時間以内にt-PAの静脈内投与あるいは発症後3ないし6時間以内にウロキナーゼの選択的動脈内投与を行うと、閉塞血管の再開通が起こり、劇的な症状改善が得られる可能性がある。しかし、発症後3ないし6時間以上経過した時期に血栓溶解療法を行うと、著名な出血性梗塞が生じて病状が悪化する危険性が高い。発症後3ないし6時間以内の血栓溶解療法でも出血性梗塞が起きる危険性はあるが、動脈内投与は静脈内投与に比べると出血などの合併症は少ないとされる。我が国では脳梗塞に対する保険適用は認められておらず、そのため、公には脳梗塞に対する血栓溶解療法は施行できないのが実情であるとする文献もある(甲B1〔2〕、甲B8〔34ないし36〕、乙B4〔150、152〕、乙B7〔120〕)。
    (ウ) 抗脳浮腫療法
 グリセロールの静脈内投与は脳浮腫を改善し、脳血流量を増加させ、脳代謝を改善させるため、10%グリセロールなどの高浸透圧薬が投与される。投与に当たっては、高浸透圧薬は心臓に負荷をかけるので、心機能低下例には心不全兆候に注意を払いながら投与する必要がある(甲B1〔2〕、甲B8〔7〕、甲B15〔32〕、乙B4〔150〕)。

   オ 脳梗塞の予後について
 脳梗塞を含む脳卒中では、一般に、呼吸器感染、尿路感染、転倒、皮膚損傷など、急性期合併症の頻度が高く、高齢者の場合等には特に合併症が多いとされる。合併症があると、死亡率や機能的転帰が悪くなり、3か月後の死亡の半数は合併症に起因するものとされる(甲B12〔8〕)。

  (4) ジャパン・コーマ・スケールについて
 JCSとは本邦では広く用いられている意識障害レベルを表す尺度である。T−1とは、「刺激しないでも覚醒している状態(T)」のうち、「意識清明とは言えない(1)」状態を意味し、T−2とは、「刺激しないでも覚醒している状態(T)」のうち、「見当識障害がある(2)」状態を意味し、T−3とは、「刺激しないでも覚醒している状態(T)」のうち、「自分の名前、生年月日が言えない(3)」状態を意味する。また、JCSU−10とは、「刺激すると覚醒する状態(U)」のうち、「普通の呼びかけで容易に開眼する(10)」状態を意味する(甲B12〔217〕)。

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